カラヤン帝国とは何だったのか?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

ryomiyagi

2020/01/15

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに惑わされずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

カラヤン帝国とは何だったのか?

 

中川右介『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書)2008年

 

連載第33回で紹介した『ヒトラー演説』に続けて読んでいただきたいのが、『カラヤン帝国興亡史――史上最高の指揮者の栄光と挫折』である。本書をご覧になれば、カラヤンがいかにしてクラシック音楽界の「帝王」となったのか、彼の君臨した「帝国」とは何か、なぜその「帝国」は崩壊したのか、明らかになってくるだろう。

 

著者の中川右介氏は、1960年生まれ。早稲田大学卒業後、雑誌編集者を経て、現在は「クラシックジャーナル」編集長。専門は音楽・芸能評論。とくにクラシック音楽や歌舞伎に関する多彩な評論活動で知られ、『モーツァルトとベートーヴェン』(青春新書)や『歌舞伎――家と血と藝』(講談社現代新書)など著書も多い。

 

さて、1908年4月5日に生まれたヘルベルト・フォン・カラヤンは、1989年7月16日に81歳で亡くなるまで、生涯に3388回のコンサートとオペラに出演した。録音した曲目は1302曲(何度か同じ曲を録音しているため、純粋な曲目数は500程度)、CDにすると500枚以上になる。レコードとCDの総販売数は、軽く1億枚を超えるということで、これほど大量の録音を残した音楽家は、他に存在しない。

 

カラヤンの生まれたオーストリアのザルツブルクといえば、もちろんモーツァルトの生誕地である。幼少期から音楽に囲まれて育ったカラヤンは、3歳で絶対音感があることがわかり、4歳時にモーツァルトのロンドを弾いて「神童」と呼ばれた。

 

18歳でウィーンの音楽アカデミーに入学したカラヤンは、ピアノ科から指揮科に転じ、1929年に「フィガロの結婚」でオペラ指揮者としてデビューした。彼が最初に常任指揮者となったのは、ドイツ南西部のウルム市立歌劇場である。ただし、この歌劇場には、オーケストラ楽団員が26名、合唱団員が16名しかいなかった。

 

若いカラヤンは、オーケストラに高度な演奏を要求したため、年長の楽団員たちは猛反発した。その結果、彼は1934年にウルム市立歌劇場から解任されたが、その理由が「カラヤンはウルムにはもったいない」からだというのが、おもしろい。

 

首都ベルリンで就職活動を行う過程で、カラヤンは、1935年4月にナチスに入党した。当時のドイツで「出世するため」には、それ以外に方法がなかったのである。そのおかげで、彼は「北の首都」と呼ばれるアーヘンの歌劇場の常任指揮者に就任できた。この歌劇場は、オーケストラ楽団員70名、合唱団員300名と立派だった。

 

当時のクラシック音楽界に君臨していた指揮者は、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーである。彼の後ろ盾は宣伝大臣ゲッベルスだが、そのライバルに当たるプロイセン州首相ゲーリングは、自分の管轄下にあったベルリン州立歌劇場で、新人カラヤンを引き立てた。1938年4月8日、初めてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したカラヤンは、「これこそが私の望んでいた音だ」と感激して述べている。

 

本書の前編に相当する中川氏の『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書)には、二人の天才指揮者が、双方の後ろ盾となったゲーリング対ゲッベルスの「代理戦争」に否応なく巻き込まれていく状況が詳細に描写されていて、興味深い。

 

1953年11月、フルトヴェングラーが亡くなった。カラヤンは、1956年3月にザルツブルグ音楽祭芸術総監督、4月にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者、6月にウィーン国立歌劇場芸術総監督に就任した。それは、彼を欲している三者をうまく扇動した結果だった。彼は、自分を最も高く売りつけると同時に、思い通りに指揮・監督する権限も得ることができた。この時点でカラヤンは、史上初めて、「世界最高」のオーケストラ・音楽祭・オペラハウスを制覇したのである。

 

指揮者という職業に音楽の才能が必要なのは言うまでもないが、それだけでは大指揮者にはなれない。ピアニストやヴァイオリニストは自分の腕を磨き、音楽への洞察を深めていくだけでいいが、指揮者は聴衆を相手にする前に、オーケストラという人間集団と対峙しなければならない。したがって、組織運営術、人心掌握術、さらには大衆扇動術といった才能を必要とする。それは、「帝王学」と言い換えてもいいだろう。(PP.32-33)

 

カラヤンが誰から「帝王学」を学んだのか、なぜ彼の栄光に陰りが出たのか、彼が音楽界に何を遺したのかを知るためにも、『カラヤン帝国興亡史』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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