ジャーナリストの勇気とは何か?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに惑わされずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

ジャーナリストの勇気とは何か?

 

岡留安則『編集長を出せ!』(ソフトバンク新書)2006年

 

連載第38回で紹介した『チェ・ゲバラ』に続けて読んでいただきたいのが、『編集長を出せ!――「噂の眞相」クレーム対応の舞台裏』である。本書をご覧になれば、伝説のスキャンダル雑誌『噂の眞相』とは何だったのか、編集長は膨大なクレームやトラブルをどのように処理したのか、なぜ彼が「黒字経営」であったにもかかわらず「休刊」に踏み切ったのか、明らかになってくるだろう。

 

著者の岡留安則氏は、1947年生まれ。法政大学社会学部卒業後、同大学法学部に学士入学し卒業。業界紙編集を経て『マスコミ評論』を創刊。1979年3月に「反権力スキャンダル」をテーマとする『噂の眞相』を創刊し編集発行人を25年間続けた。専門はジャーナリズム。『「噂の眞相」25年戦記』(集英社新書)や『武器としてのスキャンダル』(ちくま文庫)などの著書がある。2019年1月31日に71歳で逝去。

 

さて、2019年8月1日に開幕した「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が8月3日に中止された。この企画展には「従軍慰安婦像」が展示され、昭和天皇の顔写真のコラージュをバーナーで燃やして灰を靴で踏みつけるような映像作品もあった。それらに対する猛抗議を受けての中止だった。

 

しかし、大村秀章愛知県知事は「表現の自由が抗議や脅迫で脅かされてはならない」と主張し、10月8日から企画展は再開された。それに対して、河村たかし名古屋市長が「公金で行う企画として極めて不適切」と会場前で抗議の座り込みを行った。ネットでも数々の炎上騒ぎがあり、結果的に再展示は10月14日に終了した。

 

この騒動を見ていて感じたのは、逆説的だが、日本が非常に「表現の自由」な国になったということである。私が想い起したのは、今から20年前、「表現の不自由展」とは比較にならない些細な問題で『噂の眞相』編集部が襲撃された事件だった。

 

2000年6月7日の夕方、『噂の眞相』編集部を右翼団体日本青年社の2人組が訪れた。発売された「噂の眞相」6月号記載の「雅子妃」に敬称がなかったことに対する抗議である。単純なケアレスミスだったので「次号に謝罪を掲載する」と編集長が答えると、2人組は「謝罪のために次号を休刊しろ」と無理難題を押し付けた。

 

押し問答が10分ほど続いた後、2人は突然暴れ出した。テーブルの上にあったクリスタル製の灰皿を編集長の頭に投げつけ、副編集長に殴りかかり、止めに入ろうとした編集部員3人にも暴力を振るった。さらに暴徒は、事務所の台所から包丁を持ち出してきた。編集部は血で染まり、編集長は額7針、太腿3針を縫う全治40日の重傷を負った。確信犯の2人は即座に罪を認め、懲役1年4カ月の実刑に服した。

 

20年前は、皇太子妃の敬称だけで大事件になったわけである。『噂の眞相』が存在した1979年3月から2004年4月には、1980年代の空前の好景気と1990年代のバブル崩壊という激しい社会変動があった。この時代に「反権力・反権威・反タブー」を標榜し、皇室・右翼・左翼・政界・財界・検察からマスコミ・文壇・芸能に至るまでスキャンダルを暴いて公表するには、相当の「勇気」が必要だったに違いない。

 

2000年には当時の首相森喜朗氏から訴えられて裁判になり、逆にそれがキッカケで内閣は1年の短命で終わった。2003年には当時の自民党幹事長安倍晋三氏と裁判になった。本書は2006年の段階で「パフォーマンスによるポピュリズム政治が安倍によって引き継がれていく」可能性を示唆。「安倍と裁判闘争を経験した立場から見れば、安倍には穴が多すぎる」とか「発言にまったくキレがない」、「マスコミ工作とマスコミへのドーカツだけは巧妙だしタカ派的」などの洞察には驚かされる。

 

最終的に命をとられたり、社会的に抹殺される事態までいかなかったのは、「なるようになるさ」という怖いもの知らずの度胸の据わりと、何事も前向きに考えるポジティブ志向のせいだったのだろうと思う。その度胸はどこからきているのかと問われれば、鹿児島出身という土地柄からくる反骨精神と、大学時代に遭遇した全共闘運動による体験が大きかったのではないか、というのが筆者流のチョー・アバウトな解釈である。でなければ、こんな危険性をはらんだ雑誌を25年間もやれるはずがなかっただろうと思う。(PP.253-254)

 

そもそも「反権力・反権威・反タブー」とは何か、なぜ現代の雑誌が『噂の眞相』を超えられないのかを知るためにも、『編集長を出せ!』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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