なぜカルト問題は他人事ではないのか?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに流されずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

なぜカルト問題は他人事ではないのか?

 

藤倉善郎『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島社新書)2012年

 

連載第2回で紹介した『オカルト化する日本の教育』に続けて読んでいただきたいのが、『「カルト宗教」取材したらこうだった』である。本書をご覧になれば、私が連載第1回『反オカルト論』で警告した現代人の「オカルト傾向」のために、些細なキッカケで「他人事だと思っていたカルト問題」が「自分事」になる可能性を実感できるだろう。

 

著者の藤倉善郎氏は、1974年生まれ、北海道大学文学部中退のジャーナリスト。2009年からサイト「やや日刊カルト新聞」を主宰し、さまざまな「カルト集団」の「トンデモさ」を暴露し告発し続けている。オウム真理教が報復に手段を選ばなかったように、場合によっては非常に危険な「カルト集団」を「命懸け」で取材する勇気溢れる人物である。

 

藤倉氏の大学時代、「メディオス」という「自己啓発セミナー」が北海道で流行した。この会社は、ターゲットを「女子学生」に限定して日本各地で会員を広げたことで知られる。どこにでもいるような、内定が決まらず悩んでいる女子学生が、「自己分析したら面接で自分の長所や短所をうまく表現できるようになって、一流企業の内定が取れた!」などと、突然、初対面の学生に就職説明会で話しかけられる。

 

興味をもって付いていくと「メディオス」の社員が表れ、言葉巧みに「自己分析コース」(3日間¥75,000)を勧める。女子学生が「高くて払えない」と言うと、社員は消費者金融の学生ローンを紹介し、「夏休みにバイトでまとめて払えば楽に返せるよ」と勧める。

 

アメリカで開発された「自己啓発」(self-development)理論では、「本来の自分を知る」ために多彩な演習が開発された。たとえば、自分が生まれた当時の両親の姿を想像し、過去の自分と両親との関係を振り返る演習。最後に「お父さん、お母さん」と呼びかける場面では、多くの受講生が涙にまみれて絶叫する。日常生活で見過ごしている「自分」を発見できる一面もあるが、その自分を否定し「変革」を強いる心理操作としても悪用される。

 

続く「自己表現コース」(3日間¥150,000)は、「自分の殻を打ち破る」ための合宿。多くの「自己啓発セミナー」で実施される「ライフ・ボート」の実習では、受講生が沈没しかけている船に乗っている想定で、5人乗りの救命ボートに誰が乗るべきかを互いに審議する。各自が皆の前で「自分は生きる価値がある」とアピールし、その内容を激しく批判し合う。最後に選ばれなかった受講生は、これまでの人生を振り返って「遺書」を書く。

 

第1と第2のコースを受講した学生は、すでに人格が変わったようになっている。第3の「自己実現コース」(5カ月間¥30,000)は、期間が長い割に極端に受講料が安いが、それは「勧誘活動」を行うためである。受講生は、1人を勧誘するのに何日かかったかを数値化して競い合う。ランキングに応じて徹底した上下関係を強いられ、成功者には旅行やブランド品のプレゼント、失敗者には掃除や洗濯など屈辱的な罰が与えられる。

 

「メディオス」を離脱しようとする学生は、「向上心のないブスは出ていけ」などと罵倒される一方、「警察も我々の味方だ」などと脅され、報復が怖くて親にも相談できない。勧誘のために使う交通費や接待費で借金が重なり、就職活動どころか、キャバクラなどのバイトで忙しく、大学の単位さえ取れない学生も出てきて、当時は大問題となった。

 

「勧誘こそが自己実現」と洗脳して「アメとムチ」で信者を飼いならし、結果的にカルト教団に貢がせるのが、多くの「カルト宗教」の特徴である。

 

藤倉氏は「メディオス」の取材をきっかけに「ラエリアン・ムーブメント」(宇宙人と交信するというフランス人教祖を掲げるフリーセックス教団)へ潜入。「ホームオブハート」、「幸福の科学」、「統一教会」、「親鸞会」などの取材を開始した。なぜ彼がカルトの取材にのめり込んでいったのか、その経緯が見えるという意味でも、興味深い構成になっている。

 

おかしなものをただ排斥するのは間違っているが、不特定多数の人間を勧誘するなど社会的な存在であるカルトが部外者から評論されるのは当然のことだ。公然と妙なことをする団体は、公然と笑われても仕方がないし、我々には公然と笑う権利があると思う。カルトは、笑われたくないのであれば笑われるようなことをしなければいい。批判されたくなければ、批判されるようなことをしなければいい。それが、社会性を身につけるということだ。(P.281)

 

「カルト集団」の実情を理解するために『「カルト宗教」取材したらこうだった』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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