声優・小林清志と羽佐間道夫が相見える! 草創期の吹き替え秘話
大野裕之『創声記-日本を話芸で支える声優たち-』

 

主演で翻訳した『ジスマン・ドーソン』

 

羽佐間 英語が昔から得意だったよね。英語のバイトはしなかったの?

 

小林 高校生の時から同級生の添削の先生をやってた。

 

羽佐間 英語はどこで習ったの?

 

小林 別に習わない。好きだったんだよ。前世は外国人だったんだね(笑)。

 

羽佐間 よく事務所に原書を持って来ていたね。こんな大きいやつ。

 

小林 推理小説を原書で推理するのが好きでね。翻訳もやってたけど、英語は論理的に組み立てて書かれているから、ちゃんと論理が合わないと誤訳になる。

 

羽佐間 親しかった児玉清が、同じことを言ってた。英語の台本の翻訳はいつから始めたの?

 

小林 最初は劇団四季を紹介されたんだけど、東北新社に行った。当時アテレコであんまり仕事はなかったから、翻訳で生活してたね。結婚してまだ子供が小さかったから。東北新社で作った『ジスマン・ドーソン』のシリーズは私の翻訳です。

 

羽佐間 『ジスマン・ドーソン』って、あなたなの。

 

小林 そう。

 

羽佐間 あれ、やりにくかった(笑)。

 

小林 私が主役でしたんだ。

 

羽佐間 主役で翻訳って聞いたことがない。たぶん日本でたった一例だろうね。東北新社も喜んでた。翻訳ができる役者っていないから。だから、自分のところだけは実にうまく翻訳している。俺、一緒に出たんだけどさ、全然俺のところは合わないのよ(笑)。

 

さまざまな役者が入り乱れた『コンバット』

 

羽佐間 あなたは、『ジスマン・ドーソン』が初めての吹き替えだったの?

 

小林 吹き替えの初めては、ミッキーがやってた『コンバット』だよ。俺は兵隊Aとか、兵隊Bとかやってから。あなたはすでに大スターだった。

 

羽佐間 そうそう、大スターだからね(笑)。

 

小林 あの頃はハハーッて感じでしたね。

 

羽佐間 そうか。『コンバット』か。ということは、一九六〇年代だな。

 

小林 六三年ぐらい。アテレコの地位が低かったのか、TBSでも、とんでもない所で録音やらされたんだよな。大道具がいっぱい並んでいるような所を通って、地下のスタジオでね。部屋へ行っていくと、ガランとしてて、上から一本マイクが下がってるんだよ。その下にセリフを言うやつが行って、ペラペラっとしゃべるんだよ。な?

 

羽佐間 それで、耳に細い線がただ付いているだけの小さなレシーバー入れて。その数が限られてるから、早く確保しないと無くなっちゃうわけ。だから本番が始まっても、音声を聞けないやつがいるわけだよ。

 

小林 『コンバット』では、いろいろな人が吹き替えやってたね。新派や新国劇、歌舞伎の人も時々出てきたんだよ。浪花節のセリフ回しの人もいて(笑)。

 

羽佐間 ドイツ人女性の役なのに「だって、あたし、そう~~じゃあ~、ないの」なんてのがいたよね(笑)。

 

老眼の俳優なんかは、文字の小さな台本が読めない。だから、紙に大きな字でセリフ書いてきてさ。でも、原稿用紙が買えるほどの金を持っている人はいなかったから、新聞紙に全部セリフを書いてる。すると、めくるたびにバラバラバラッと音がして。そのノイズに、ミキサーがびっくりしたこともあった。

 

小林 当時、効果音も時々、役者が手伝っていたね。草むらを歩く時は、8ミリのテープをガッとたぐって山にしてシャカシャカ音をたてる。馬は、お碗やなんかでパカパカパカ音を作る。セリフを言っては、パカッパカッと自分で音を作ってた。

 

羽佐間 手元に小さなドアがあって、ドアを開ける音もそれで作ってた。それで思い出したんだけど、赤塚不二夫って漫画家と全く同姓同名の効果マンがいたんだよ。いい男で、女優がみんなそっちに見とれて、手元の音効を忘れっちゃって、ドアの開け閉めの音があわないんだ。ドアの映像が出てしばらくしてから、バタンなんて音を出したりしてね。そういう世界の中で清志と俺は育ってきたんですよ。

 

活況を呈した西部劇とマカロニ・ウエスタン

 

小林 初期は西部劇の吹き替えが多かったな。

 

羽佐間 西部劇とマカロニ・ウエスタンがすごかったから。清志の代表作はジェイムズ・コバーン。それから誰やってたんだっけな、覚えてる?

 

小林 覚えてるよ。ジェイムズ・コバーン、トミー・リー・ジョーンズ、リー・マーヴィン。俺の好きな役者は、ジャン・マリア・ヴォロンテ。

 

羽佐間 イタリア人?

 

小林 イタリア。コミュニストで、なかなか精悍な顔をしている男なんだよ。好きだったな。まあ、いろいろやったけど、今言ったのが一番好きなメンバーね。

 

羽佐間 ジャン・マリア・ヴォロンテは、どういう映画に出てるの?

 

小林 やっぱり怪盗や、髭だらけの山賊。マカロニ・ウエスタンだね。

 

羽佐間 そのころはもうクリント・イーストウッドは出てきてたの?

 

小林 いましたね。その頃は山田康雄がやってた。ヤスベエが亡くなったあと、俺も『スペース・カウボーイ』とかやらせてもらったことあるね。最近はアテレコが減って、ナレーションが多いな。

 

羽佐間 ナレーションは聞き飽きたから、もう出るな、おまえ(笑)。

 

小林 アテレコは、今、少ないよな。

 

羽佐間 われわれの世代は、みんな首になっちゃったんだよね。



――出演料が高くてキャスティングできないんでしょうね。

 

羽佐間 もったいないね、昔はうまいのいたよ、滝口順平とかね、若山弦蔵とか。『アンタッチャブル』なんか面白かった。

 

小林 『アンタッチャブル』は、毎週同じメンバーが集まって、違った役を全部やってたな。

 

羽佐間 主役のエリオット・ネスをやってた劇団四季の日下武史がよかったの。

 

小林 あの頃、菊池さんっていうディレクターにお世話になった。

 

羽佐間 俺もお世話になった。昔の教育テレビの映像をほとんどやってたよな。

 

小林 そうね。それで、昔のスタジオだから、音が洩れたりするんだよな。そうすると、番町スタジオで、雷がバリバリバリと本番中に鳴ると「うん。よし。今、雷が鳴っている音にしよう」ってな。雷を鳴ったことにしようって、NGにしないんだよ。なかなか面白い男だったよ。

 

羽佐間 反射神経のいいディレクターだね。アテレコは作る方もやる方も反射神経だからね。

 

小林 音が聞こえて、スッとやらなくちゃだめだから。俺は卓球部だったから、それで培ったね。

 

(第2回に続きます)

 

小林清志(こばやし・きよし)
東京都出身。国民文化研究所・劇団泉座、日大芸術学部演劇科を経て、1960年の俳協創立に参加。ジェームズ・コバーン、リー・マーヴィン、トミー・リー・ジョーンズ他外国映画の吹き替えや、アニメ『ルパン三世』シリーズの次元大介役、『妖怪人間ベム』のベム役、『機動戦士ガンダム0083』のエギーユ・デラーズ役、『シネマパラダイス』『SASUKE』『ガキの使いやあらへんで』などのナレーションで知られる。特技は英文翻訳。

創声記_小林清志編

著:大野裕之 監修:羽佐間道夫

【大野裕之】

脚本家・日本チャップリン協会会長

チャップリン家の信頼もあつく、国内外のチャップリン公式版Blu-rayを監修。羽佐間道夫氏発案の「声優口演ライブ」の台本を担当する。著書『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)で2015年第37回サントリー学芸賞受賞。映画脚本家としては、2014年『太秦ライムライト』で第18回ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞受賞。


【羽佐間道夫】

1933年生。舞台芸術学院卒。劇団中芸を経て、『ホパロング・キャシディ』で声優デビュー。以来、声優の草分けの一人として数多くの名演を披露。代表作に、シルヴェスター・スタローンを吹き替えた『ロッキー』シリーズほか、チャールズ・チャップリンの『ライムライト』、ディーン・マーティン、ポール・ニューマン、ピーター・セラーズ、アル・パチーノの吹き替えなど多数。2008年、第2回声優アワード功労賞受賞。


写真= 大場千里/光文社

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