中尾隆聖が語る 声優業の草創期「舞台が一番、 映画は次、テレビなんて」(#2)著:大野裕之
大野裕之『創声記-日本を話芸で支える声優たち-』

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2019/07/22

 

祖父が貯めてくれた 子役時代の出演料を元手に

 

――ところで、中尾さんが「この道でやっていこう」と決意なさったのはいつ頃ですか?

 

中尾 物心ついた時から、こういう仕事をさせていただいていたので、とくに決意というのはありません。でも、この道で行こうと思ったのは、やっぱり中学ぐらいのときですかね。ただ、その途端に、仕事が減ってきたんです。

 

羽佐間 学校出てからしばらく、新宿でバーを経営してたよね。

 

中尾 一八から二二ぐらいまで、四年ぐらいやりましたね。子役時代からの出演料を祖父が貯めておいてくれたんです。高校を出る時に、これはお前が貯めたお金だから自由に使いなさいと。

 

――すばらしいおじいさまですね。

 

中尾 私、本名は竹尾智晴なんですが、竹尾は母方の祖父の苗字です。母が男運がなくて、六回ぐらい結婚してるんです。で、母が再婚するたびに名前が変わるので、祖父が「もうお前は竹尾でいろ」と言ってくれて、竹尾になった。だから祖父に育てられたんです。
 お店では、歌手を雇う金がないんで、自分で弾き語りしていました。

 

羽佐間 彼の歌声は本当にしびれますよ。

 

――バーの経営は生活のために?

 

中尾 そうですね。役者はそんなに食えるもんじゃないと思っていたので、とりあえず店でもやって食い扶持を稼いで、仕事をしながらと、甘い考えだったんですけど。両方ともダメでしたけどね(笑)。

 

羽佐間 いや、仕事で売れてきちゃったからやめたんだよ。

 

中尾 でも、楽しい時代でしたけどね。役者仲間はみんなお金ないからバーは儲かりませんでした。

 

「声優(セイユウ)? どちらのスーパーですか」

 

――お店をなさっていた時は、子役から大人の役へ脱皮する難しい時期ですね?

 

中尾 そうです。でも、好きだったんで、これしかないと思っていました。ありがたいことに辞めようと思ったことはないです。
 私がお世話になった俳協というところは、ラジオ、映画、テレビ、コマーシャル、舞台、いろんな仕事をやらせていただける環境でした。

 

――その中で、とくにどれがお好きでしたか?

 

中尾 どうですかねえ。いまはお陰様でこうやって声優として食べさせてもらっていますが・・・。まあ、先輩たちもそうなんですけど、今の人たちとは違って、「声優をやろう」ということじゃなく、役者としてやっていくという中で、仕事が声優になっていった感じです。
 だって、昔はそれこそ声優という職業もなかった時代ですから。声優(セイユウ)と言っても、「えっ、どちらのスーパーですか」と言われるぐらい。
 だから、俳協みたいに全部を扱っているところだと、声の仕事は2時間とか3時間で一つの番組を録音するというふうに、スケジュールを押さえるということができるんですけど、生のドラマは一週間予定を空けていないと仕事がいただけない。当時、テレビドラマだと、三通りぐらいのスケジュールが出てました。晴れていれば七時ロケ、曇ってれば自宅待機、雨だったらば九時スタート、セットとか。
 だから、一週間の予定が真っ白でないと、なかなかキャスティングをしてもらえない。そこに月曜日と火曜日が二時間ずつ声の仕事でNGが入っていますなんて人は、使ってもらえない。
 なので、一本声が入っていると、生の仕事ができなくなり、そうするとだんだん、声のほうの仕事に移行していくわけです。

 

舞台が一番で、次が映画。テレビなんて…という時代

 

――羽佐間さんは最初、舞台のお芝居を志しておられましたよね。しかし、同じように声優のお仕事が多くなっていったときに、「いや、自分は舞台俳優だ」という意識があって、ジレンマを感じておられたそうです。

 

中尾 それは私も同じです。先輩たちがやっぱり新劇の舞台で入って、それこそテレビ局ができた当初は、演劇の本に、テレビに出たら芝居がダメになるって堂々と書いてあった時代ですから。

 

――ええっ?

 

中尾 そうですよ。舞台の芝居が一番で、その次が映画。テレビなんてものはダメと書いてあったんですよ。ものの本に(笑)。

 

――それはどういう根拠で、テレビはあかんと書いてあったんですか?

 

羽佐間 新劇の権威がみんなそういうことを言ってたの。別に根拠はないんだよ。

 

中尾 映画界は「五社協定」を作って、スターをテレビに出さないようにしていた。自分たちの作ってきたものを頑張って守っていこうとする映画と、新しく登場してきたテレビとの衝突はやっぱりあったんじゃないですかね。

 

(第3回に続きます!)

 

中尾隆聖(なかお・りゅうせい)
2月5日生まれ。東京都出身。主な出演作に『それいけ!アンパンマン』のばいきんまん、『ドラゴンボール』シリーズのフリーザ、『ONE PIECE』のシーザー・クラウンなど。

創声記_小林清志編

著:大野裕之 監修:羽佐間道夫

【大野裕之】

脚本家・日本チャップリン協会会長

チャップリン家の信頼もあつく、国内外のチャップリン公式版Blu-rayを監修。羽佐間道夫氏発案の「声優口演ライブ」の台本を担当する。著書『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)で2015年第37回サントリー学芸賞受賞。映画脚本家としては、2014年『太秦ライムライト』で第18回ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞受賞。


【羽佐間道夫】

1933年生。舞台芸術学院卒。劇団中芸を経て、『ホパロング・キャシディ』で声優デビュー。以来、声優の草分けの一人として数多くの名演を披露。代表作に、シルヴェスター・スタローンを吹き替えた『ロッキー』シリーズほか、チャールズ・チャップリンの『ライムライト』、ディーン・マーティン、ポール・ニューマン、ピーター・セラーズ、アル・パチーノの吹き替えなど多数。2008年、第2回声優アワード功労賞受賞。


写真= 大場千里/光文社

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