光る職人技! 乱れ飛ぶアドリブ! 声優・野沢雅子が見た吹き替え現場(#2)著:大野裕之
創声記-日本を話芸で支える声優たち-

bravotaro

2018/08/03

脚本家・映画研究家の大野裕之さんと声優・羽佐間道夫さんが、スターたちの肉声から「声優」の歴史に迫っていく「創声記」インタビュー。野沢雅子さんに聞く第2回は吹き替え映画黎明期のエピソードが盛りだくさん。一癖も二癖もある役者たちが並び立つ、吹き替え現場ならではの思わぬお話が飛び出しました。

 

 

アニメの人物は生かすも殺すも役者次第

 

――初期は、吹き替えは生だったんですね。

 

野沢 最初は生でした。今でもどうだろうな……洋画だったら生で吹き替えできるかな。アニメは生では絶対できないと思います。

 

――その違いは何ですか?

 

野沢 洋画は、レシーバーで聞いてれば、向こうの原音が流れてくるんですよ。それに乗ってやっていれば合うわけ。でも、アニメーションは、覚えなきゃダメじゃないですか。テンポも覚えなきゃいけないし。それがずれたら全部ずれる。だからやっぱりアニメは生のアテレコは無理ですね。

 

――洋画の吹き替えというのは伴奏付きのライブ感覚なんですね。
当初は、演劇の女優としてのキャリアと、声優としてのキャリアを両立しておられたんですね。

 

野沢 うん、私声優は好きじゃなかったけど、劇団のためだと思って一生懸命行ってた。そのうちに、いつからというのはわからないですけど、今や声優の世界は大好きですね。特に、アニメは。だって、アニメの人物を生かすも殺すも役者次第じゃないですか。だからすごくやり甲斐ありますよね。

 

――アニメの声優をやり始めてから、やり甲斐をもっと見出すことができた?

 

野沢 そうですね。どっちかといえばね。アニメは、ゼロから全部自分が作れるんですよね。洋画は作れない。もともとの役者さんがお芝居してるので、勝手な芝居したら失礼ですから。だから、私はもともとの俳優の芝居に忠実に乗ってやりますね、洋画の場合は。

 

――羽佐間さんはどうですか?

 

羽佐間 僕、アニメってあんまりやってない。マコと一緒に「ど根性ガエル」とか、「巨人の星」とかっていうのちょっとやったぐらいで(編集注:マコ=野沢さんの愛称)。

 

――いろいろやってますよ(笑)。

 

羽佐間 僕はこの間、松平健さんと少しお話した時に、アテレコは塗り絵師だと思うと答えました。既にある程度絵ができていて、そこへ色を付けていく作業だ、と。だから、アニメの場合には、パレットにたくさん色を持ってないと務まらない。絵がまだできていなくて、声から先に入れる場合もある。登場人物がどんな顔をして言ってるのかもわからない時もある。

 

対して、外国映画の場合は、俳優の演技があって、音楽やSEも入ってる。その中で息を使っていく。それはアニメにはないんですよね。今マコが言った通り、アニメは自分が作り上げていかなきゃない想像力の負担が大きいと思いますよ。洋画は半分の力でいいかな、と。その代わり、洋画のいろんな役にマッチングするための知識は豊富に持ってなきゃいけない。どこかで感じたことのある感情を再生して、聞いている人の耳で揺さぶるという感じでしょうか。

 

職人たちの技術が活きる吹き替え現場

 

――初期の録音スタジオの雰囲気を教えてください。

 

羽佐間 収録の仕方は全然違うよね。

 

野沢 機械が大きいですよね。私、何が好きって、絵を流すのにフイルムを掛けて回し始めて、「ここをもう一回やりましょう」と言った時に、ビッと止めて、そこに紙を挟むと、もう一度再生する時にそこが絶対に出るんです。その人はそのコマを見てないんですよ。すごい技術ですよね。

 

羽佐間 そういう職人技が今はないから寂しいんです。

 

野沢 吹き替えの初期は、30代の先輩方はトチるのが嫌なんで、レシーバーで原音を聞いているのに、自分のペースで台詞をおっしゃる。だから、どんどん押されちゃうんですよ。自分の出番がなくなったりしました。

 

羽佐間 死んだのに、まだ生きてて喋ってるとか。

 

――(笑)

 

野沢 お手洗いに行っちゃって帰って来ない方もいました。あれ、もう本番なんだけど帰って来ない。その人の役をどうするんだろうと思ってると、スタジオにハンチョウ(愛川欽也)さんがいて、バッて指されたら、その人が台詞を言わなきゃない。指されるの嫌だから、私なんかすぐ下向いて、知らん顔して(笑)

 

――録音になっても28分のリールは切れないから、事実上生なんですね。

 

野沢 そうなの。主役がずっとしゃべってきて、一言新人がトチると、謝りにいくんです。すると主役は目線を外して、「一言ぐらいちゃんとしゃべってくれよな」って、新人は泣いて録音にならない。

 

ディレクターで意地悪な人もいて、西部劇のラストで、原音は「OK」で、日本語台本には「はい」って書いてあるの。だけど耳から聞こえてくるのは「OK」なんですよ。そしたら、若手が「OK」って言っちゃって、お前のせいでやり直しだって詰められて、泣いてた。別に「OK」でもいいのにね。

 

――ディレクターとも喧嘩したことはあったのですか?

 

羽佐間 喧嘩はしてた。僕は途中で帰るの専門だったから、黙って帰ったけど(笑)。一言の台詞の翻訳を直すのに2時間ぐらい待たされることもあったりね。

 

野沢 初期は皆手探りだから、ほんのわずかなことにも時間がかかった。

 

羽佐間 でも翻訳家の額田やえ子さんの翻訳はちょっと違ったね。「コンバット」とか全部やった人で言葉が自然。その代わり息づかいを一つでも外したら、とんでもないことになっちゃう。スーッと流れていってるわけだから。コロンボの「うちのカミさん」なんてのは、普通思い付かないよ。

 

――逆に新人の時に意地悪な扱いを受けたとか、そういうのもあるんですか。

 

野沢 私ですか。一度もないです。私、あまりトチらない人なんです(笑)。

 

羽佐間 生理的な現象で、突然咳が出るとかが、どうしてもあるんだよね。スタジオでスーッと端の方に行って音を立てないように苦しんでる奴がいた。

 

野沢 そうそうそう。

 

羽佐間 風邪が流行ってる時なんか、三人ぐらいで咳しないように隅で苦しんでる。オナラしないように我慢するとか(笑)。

 

野沢 滝山さんって大好きなディレクターがいて、ある声優が上手くいかなかったときに、「すみません、ここ録り直してもらえますか。ちょっと上手くいかなかったんで」って言ったら、パッとトーク(ミキシング・ルームからの音声)で、「オンエアで恥かけ。両サイドはいい芝居してんだ」。ごもっともと思いました。

 

羽佐間 (笑)。すごいな。格好いいね。今じゃ考えられないね。

 

野沢 今、声優もかなり言うもんね。「ここもう一回録ってもらえますか」なんて。

 

この記事を書いた人

創声記_野沢雅子編

著:大野裕之 監修:羽佐間道夫

【大野裕之】

脚本家・日本チャップリン協会会長

チャップリン家の信頼もあつく、国内外のチャップリン公式版Blu-rayを監修。羽佐間道夫氏発案の「声優口演ライブ」の台本を担当する。著書『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)で2015年第37回サントリー学芸賞受賞。映画脚本家としては、2014年『太秦ライムライト』で第18回ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞受賞。


【羽佐間道夫】

1933年生。舞台芸術学院卒。劇団中芸を経て、『ホパロング・キャシディ』で声優デビュー。以来、声優の草分けの一人として数多くの名演を披露。代表作に、シルヴェスター・スタローンを吹き替えた『ロッキー』シリーズほか、チャールズ・チャップリンの『ライムライト』、ディーン・マーティン、ポール・ニューマン、ピーター・セラーズ、アル・パチーノの吹き替えなど多数。2008年、第2回声優アワード功労賞受賞。


写真= 髙橋智英/光文社

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

RANKINGランキング