第二章  ナンシロ ナンシロ(1)はたちの集い
谷村志穂『過怠』

ryomiyagi

2020/07/24

『移植医たち』では移植医療、『セバット・ソング』では児童自立支援施設。谷村志穂が次に手がけるテーマは最先端の生殖医療。
幸せをもたらすはずの最先端医療が生んだ“かけ違え”。日本と韓国、ふたつの家族、母と娘……二人の女子学生の人生が未来が翻弄される――――。

 

第二章 
ナンシロ ナンシロ(1)はたちの集い

 

 ジヒョンの母子手帳にあった産婦人科医院の名前を、菜々子はもう一度見つめた。どこにでもありそうな名前ではあるが、やはり記憶の片隅にあるものと同じように思えた。
「前にジヒョンに話した叔母たちが世田谷にいてね、叔父がその病院の院長先生と親しくさせてもらっていたみたいなの。でも、よくありそうな名前だし、今度もう一度訊いておくね」
 菜々子がそう言っている横で、謙太はすでにグレゴリーのリュックをがさごそと漁っている。取り出したタブレットを床に立て、長い両足を投げ出しながら右手を素早くスライドさせて検索を始める。

 

 

〈さくらの木幼稚園〉
「うーん、これかな。桜はひらがなだね」
 謙太はヒットしたウエブサイトを示すが、トップページには、幼稚園の正面からの画像がない。最近の個人情報の管理に基づくのか、小さく掲載された幾つかの写真があるだけで、あとは沿革や教育理念を綴ったページばかりだ。その中の一枚、門柱に古い書体で書かれた園名を見つけ、
「この字、見覚えがあるよ」
 と、ジヒヨンは指を指し、前のめりに覗き込んだ。
「ここで、タケルくんと撮った写真あったから」
 そのタケルくんに関しては、今のところ苗字も綴り方もわからず、さすがの謙太にもそれだけで彼の手がかりを見つけ出すことはできなかった。
 菜々子はスマホに入れたカレンダー・アプリの画面に空白を探す。
「二人はどこらへんだったら幼稚園に行ける? 平日の昼間となると、結構難しいよね」
「ジヒョンさんはどうですか?」
 謙太は古風に赤い表紙の手帳を開くジヒョンの顔を覗き込んで、問いかける。そこには、律儀に大学のカリキュラムが、日本語でぎっしりと書き込んであるようだった。
「私は、水曜日、四限で終わるんだけど」
「じゃあ、三時半終わりか。急いで行けば、五時までには間に合うな」
 と、謙太はまるで自分の大学のように、すでに頭に入っている時間割を口にする。さらに、続けた。
「水曜は俺も平気だけど、菜々子はバイトがあるんだよな。早番で五時までに店に入る日だから」
 とまで口にする謙太を、菜々子は愛い奴だと抱きしめたくなった。だからわざと少し突き放した。
「人のスケジュールばっか覚えてさ、あんた、自分の進級は大丈夫なの?」
「俺が優秀なの忘れちゃった?」
 半分拗ねながらもさらりと交わす謙太が余計に面白くなり、
「ねえ、だったらジヒョンと謙太との二人で、水曜日に行ってきてよ。善は急げ。それでリサーチが終わったら、バーまで帰ってきて。幼稚園には、私が電話を入れておく。卒園生のソン・ジヒョンさんが、ご挨拶に行きますって」
 と、菜々子はカレンダー・アプリを閉じて伝える。
 謙太が鳩に豆鉄砲を喰らったような顔をしたので、ジヒョンが少し遠慮してしまうのではないかと案じたが、韓国からの友は瞳を微かに潤ませて、こちらを見た。
「ありがとう。二人にたくさん感謝」
 と、両手を顔の前で組んでみせた。

 

 

 菜々子は、自分の頭の中を整理するのが苦手だ。どの引き出しにも名前のつけがたいがらくたがいっぱい詰まっていて、今にも溢れ出しそうだから。
 大学の講義や課題はこなせるが、用が済めば途端に外に飛び出したくなってしまう。両手を広げて新しい風を受け、まだ見ぬ何かに出会いたくなってしまう。そんなところにジヒョンは現れた。まさに、新しい風。だけれどそれは、冷たく空気を一新するように吹いてくるのではなく、温もりのある春のそよ風のようだった。
 海辺の温泉旅館で育った菜々子は、小さい時は、どちらかと言えば大人しい子どもだった。夫婦で旅館業を営む両親の元では、子どもは動き回れば足手纏いになる。じっとしているのが得策だった。海辺に出て、手足によじ登るカニやヤドカリを一人で眺めているのが好きだった。
 そして菜々子が六歳になって突然、弟ができた。
 両親が、特に母が、自分の記憶にはないほど小躍りし、せっせとこなしていた旅館の仕事をないがしろにするほど、べったりになった。
 幾度か自分も母に甘えてみようと思ったが、うまくできなかった。というより、そこには母からの無言の拒絶が感じられていた。
 多忙を理由に菜々子は、世田谷の叔母、さつきの元に度々預けられるようになった。子どものなかった家で、さつきは熱心に物事を教えてくれた。一緒に書店で選んだ絵本を読み、飴玉やチョコレートの袋を買って帰ると、中身をテーブルいっぱいに広げて、色や形で分けたり、人数分にして区分けする割り算の真似事も教えてくれた。手を引かれて、幼児教室に通った時期もある。何をしても、さつきは自信をつけさせてくれた。
 言葉遣いや、箸の上げ下げばかり苛立ちも隠さずに教える母とは違い、さつきの元では子ども心に学ぶ楽しさを感じた。何より、自分にとってはじめて安心して甘えられる場所だったのだ。
 次第に、妹のさつきにばかりこれ見よがしに甘えるようになった娘を、母は余計に遠ざけたのかもしれない。
 結局、医学部の受験を決めた時にも相談した相手はさつきであり、叔父の友人をたどって今の医科大学を推薦してくれたのだ。

 

 

 タビケンの部室には、今日もコーヒーの香りが漂っている。
 窓辺で幼稚園のウェブサイトを検索し、電話番号を暗記する。
 三回目のコール音で、忙しそうな様子で応答があった。
「はい、さくらの木幼稚園です」
「あの、今お電話大丈夫ですか?」
「どういったご用でしょうか?」
「私は卒園生の友人で、宮本と申します。友人はソン・ジヒョンさんで、韓国から来ています。代わってお電話させていただきました」
 自分で淹れたコーヒーをテーブルに置いて、菜々子は一つ深呼吸した。約束の電話をかけている。思い立ったらすぐにしないと、また忘れてしまいそうだ。
 普段はお節介なたちではないはずだが、ジヒョンが留学生だからか、誕生日が近いからなのか、つい世話を焼きたくなってしまう。幼馴染みのタケルが、今どんな感じになっているのかも、正直興味がある。
「ジヒョンさんと言いましたか? 何年度のご卒園でしょうか?」
 少し警戒している風にも聞こえた。
「えーっと」
 と、急いで頭の中で計算する。
「二〇〇四年度になるかと思います」
「なるほど。その年度でしたら〈はたちの集い〉をしたときの名簿もありますね」
 そう言いながら、その場で資料を当たってくれているようだ。電話の相手は、幼稚園の先生なのか、キーの高い澄んだ声でそう答えてくれた。
〈はたちの集い〉があったとは、なんてグッド・ニュースなのだろうと、思わず気持ちが逸る。きっとジヒョンにまでは案内が届かなかったのだろうが、タケルが出席していたなら、すぐに消息はわかる。
「少し時間をいただけますか?」
 と言う問いかけに、菜々子は、ジヒョンらが水曜日の夕方に来訪する旨を伝え、電話を切った。

 

次回につづく(毎週金曜日更新)
photos:秋

谷村志穂『過怠』

谷村志穂

tanimura shiho
1962年北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部にて応用動物学を専攻。1990年ノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーとなる。1991年『アクアリウムの鯨』発表し、小説家デビュー。紀行、エッセイ、訳書なども手掛ける。2003年北海道を舞台に描いた『海猫』で第10回島清恋愛文学賞を受賞。作品に『余命』『黒髪』『尋ね人』『ボルケーノ・ホテル』『大沼ホテル』『移植医たち』『セバット・ソング』など。『海猫』は故森田芳光監督により2004年、『余命』は生野慈朗監督により2009年映画化される。北海道・七飯町(大沼国定公園)観光大使、はこだて観光大使も務める。
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