第三章 ラブラッド(1)ダンデム・シート
谷村志穂『過怠』

ryomiyagi

2020/08/28

『移植医たち』では移植医療、『セバット・ソング』では児童自立支援施設。谷村志穂が次に手がけるテーマは最先端の生殖医療。
幸せをもたらすはずの最先端医療が生んだ“かけ違え”。日本と韓国、ふたつの家族、母と娘……二人の女子学生の人生が未来が翻弄される――――。

 

第三章
ラブラッド(1)ダンデム・シート

 

 生温い外気に包まれながら謙太の声を聞いていると、菜々子の気持ちは少しだけ落ち着いた。
 空に広がる夕焼けが、今日はいつもより巨大に燃えながら迫ってくるように感じられる。
「何か食べたいな。抜かれた血の分、今日は栄養つけよう……」
 駅ビルの立ち並ぶ一角に灯り始めたネオンを、見回してみる。本当は一つも空腹を感じていなかった。ただ、謙太との会話を少し長引かせてみたかった。

 

 

「牛丼でもがつんとかき込んで、帰っちゃおうかな」
「菜々子が一人で、牛丼ですか?」
 少しの間があり、謙太は喉からため息混じりの声を出す。
「待っててよ。俺が今すぐ参上しちゃいますから」
「しなくていいよ。レポートもまだできてないんでしょ?」
 立ち止まったそばのガードレールに腰掛けて、アスファルトの路面をハイカットのスニーカーのつま先でトントンと叩く。
「俺もちょうど腹減っちゃったの」と、謙太。
「だったら、私が買っていくよ。レポート頑張って終わらせな」
 幸いここは駅前だし、京急線に乗れば謙太の家の最寄り駅までは四駅だ。四駅、とは言っても決して短くない距離だ。謙太はいつも、バイクで駆けつけてくれる。
 三人兄弟の末っ子。今は東京の商社で働く次兄とマンションで二人暮らしをしていて、平日だけの約束で勝手に乗り回している車も、本当は兄の名義だそうだ。バイクだけが謙太の所有物である。
 静岡の実家には、時々週末にドライブしている仲の良い兄弟だ。
「お兄さんの分も、買う?」
「いや、大丈夫。兄貴は今日はデートだってさ」
 そのやり取りの時には、菜々子はすでに、牛丼屋のタレの匂いが漂うやけに照明の眩い店内に到着していた。
「オッケー」と通話を切り、弁当を二つ頼む。特盛で紅生姜をたくさんつけてもらって、生卵ももちろん追加でオーダーする。
 改札をくぐり、駅の人混みをかき分けるようにホームへと早足に進む。
 乗車すると、出来上がった箱型の弁当を縦に重ねて膝に抱えて座った。少々匂うが、周囲にそう迷惑はかからないくらいには、電車は空いていた。
 小刻みに揺れる電車の車窓からの夕焼けは、さっきより夜の闇に近付いて、少し優美に見えた。
 左腕の肘窩(ちゅうか)、肘の内側にある浅い窪みの部分に、まだ採血の絆創膏が残っていたことに気づく。先ほどの、ピン留めをつけた看護師の顔が浮かんだ。
「濃度は問題ないですね。あれ、ただ宮本さん、血液型はB型ですね。O型ではないです」
 なぜ彼女は、あんな訳知り顔をしたのだろう。いや、そう感じてしまったのだろう。それに、なぜ自分はあんなに動揺してしまったのだろう。何かの間違いなだけだ。もしも自分が本当にB型だとしても、看護師も言っていたではないか。親の世代の検査では、間違いも少なくなかった、と。

 

 

 東門前駅について改札をくぐると、すぐ先に、大量のステッカー付きヘルメットを抱えた謙太が立っている。
「よ、天才。レポートは終わったの?」
「菜々子に会えると思ったら、急にターボ・チャージがかかってさ」
 それには相槌も打たずにヘルメットを受け取ると、慣れた塩梅で長い髪をしまい込みながらかぶる。オートバイのタンデム・シートにまたがり、ちょっと迷った末に、二人の間に牛丼を挟んだ。
「牛丼優先で慎重に頼む」
 謙太のデニムのベルトの辺りに両腕を回しながら、そう口にする。
 二人が出会ったきっかけになったのも、オートバイをめぐる話だった。
 タビケンに入って三年目の夏の旅先は、ベトナムのホーチミンだった。自分たちはチャーターバスでの移動だったが、夕方になると、あらゆる路地と言う路地から幹線道路に向かってオートバイやスクーターが流れ出てきた。気の抜けたようなクラクション音があちらこちらから鳴り響き、手入れの悪そうなオートバイが互いに競い合うように隙間を見つけて進んでいった。仕事や学校が終わった仲間や恋人たち、これから食事に出かける家族、二人乗り、三人乗りは当たり前で連なっていた。
「怖い怖い。乗り過ぎじゃない?」
 と、はじめこそ不安そうに見ていた部員たちも、やがてバスの中から、
「三、四、五!」
「ついに六人見つけた! 記録更新」
 と窓から身を乗り出して、皆で数え始めた。
 危なっかしい乗り物であるはずの定員オーバーのオートバイが、なぜあんなにも生き生きと楽しそうに見えたのだろう。カラフルな金魚鉢から水ごと溢れ出したような光景。色とりどりのイルミネーションの中、夜風を全身で浴びて、必死に一つにしがみついていつか海へと流れ込む川のように、一斉にどこかへと向かって見えた。

 

 

 そんな旅の話を謙太には、アルバイト先のバーでしたのだった。謙太は、兄に連れられて来ていた。ネクタイを緩めた兄の隣で、バーカウンターにいる謙太は、当時は笑うと垂れ下がった目尻があまりにあどけなくて、菜々子の好きなタイプではなかった。
 ただ、落ち着いた口調でこう言った。
「今度、後ろに乗ってみますか? 俺、結構運転下手じゃないから」
 それが、謙太からの誘い文句だった。
 はじめてのデートも、タンデム・シート。菜々子の希望で夜の高速道路を走った。川崎の工場地帯は近未来都市のように見える。本人が言う通り、謙太の運転はなかなかで、体をしなやかにスライドさせながら運転する謙太に、菜々子もはじめから自然と身を預けることができた。やがて誕生日プレゼントにと買ってもらったのが菜々子専用のアライのヘルメットである。旅行先でステッカーを集めるのが習慣になったのも、これに貼るため。
 謙太の住むオートロックのマンションは、オートバイなら駅から、ものの五分で到着する。だがお兄さんも住む家だし甲斐甲斐しく家事ができるタイプでもないし、菜々子がこの部屋を訪ねることはほとんどない。
 そもそも男二人暮らしのこの部屋は、結構きれいに片付いている。お兄さんの部屋と、謙太の部屋は別々。謙太の部屋の窓辺には、白い長机とメッシュ地の椅子があり、壁には『イージー・ライダー』という古い映画のポスターが貼ってある。シングルベッドにはもこもした生地のシマウマ柄のブランケットと、悪くない趣味。机には、理工学部らしくパソコンに幾つかのマシンを増設している。ベッドサイドにはシルバーフレームのハンガーラックがあり、そこにシルバーのワイヤーハンガーだけでデニムをずらりと並べている。デニムだけのラックのアイデアは、菜々子を真似たもの。毎日、ジーンズだけをあれこれと選んで着替えていられるなんて、学生のうちだけの特権だと思うのだ。
「珍しく、ずいぶんジロジロ見てる。束縛のつもりなら、なんか嬉しいんですけど」
 謙太はそう言って、ウォーターサーバーから、無骨なガラスのコップに水を注いでくれる。
 そんなつもりもないし、謙太もわかっているはずだから、一々答えない。謙太がいつもこの部屋で寝起きして、さっきもここで電話を取ってくれた。メールを打ったり、時には夜遅くまでレポートで頑張っているのだなと、改めて印象に刻んでおきたかった。
 台所の前にあるリビングテーブルに向かい合って、二人で牛丼の蓋を開ける。
「卵、よくここで割れなかったよね」
 と、菜々子がお腹を指差して見せながら、
「今、産んだみたいな気持ち」と、一つ手渡す。
「紅生姜もたくさんもらってきたじゃん。わかってるね、菜々子」
 などと言い合って、二人で箸を進めた。一緒だからなのか、冷めかけた牛丼の甘辛い味でご飯が進んだ。
 食後に謙太はナチュラルウッドのテーブルの表面をきちんとクロスで拭い、ドリップ式のコーヒーで一杯ずつ入れてくれる。
「タビケンみたいに豆から挽きたいんだけど、男二人はせっかちだからさ」
「十分だよ」
 モスグリーンのマグカップを手にして、謙太を見上げると、改めて向かい合って座った。シンプルな白のビッグシルエットのパーカに、デニム、指にお気に入りの大きな指輪をつけている。
「それで、電話の話の続きはある? ご両親には、もう確認した?」
 謙太がこちらをまっすぐ覗き込んできた。

 

次回につづく(毎週金曜日更新)
photos:秋

谷村志穂『過怠』

谷村志穂

tanimura shiho
1962年北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部にて応用動物学を専攻。1990年ノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーとなる。1991年『アクアリウムの鯨』発表し、小説家デビュー。紀行、エッセイ、訳書なども手掛ける。2003年北海道を舞台に描いた『海猫』で第10回島清恋愛文学賞を受賞。作品に『余命』『黒髪』『尋ね人』『ボルケーノ・ホテル』『大沼ホテル』『移植医たち』『セバット・ソング』など。『海猫』は故森田芳光監督により2004年、『余命』は生野慈朗監督により2009年映画化される。北海道・七飯町(大沼国定公園)観光大使、はこだて観光大使も務める。
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