プロローグその1
新堂冬樹『動物警察24時』

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「朝顔公園」の出入り口付近の路肩に停まる白のバン――ドライバーズシートに座る璃々(りり)は、フロントウインドウ越しに園内の遊具にリードで繫がれた黒パグを注視していた。

 黒パグは大きく舌を出し、荒い息を吐いていた。

 夕方だが、気温は三十度を超えていた。

 パグはただでさえ口吻(こうふん)が短いので、呼吸困難になりやすい。その上に黒い被毛なので、地面に吸収された熱の照り返しで体力を消耗しているに違いない。

「不審者は見当たらない? どうぞ」

 璃々は、左腕に嵌(は)めた秘話機能がある腕時計式通信機に口を近づけた。

『ベンチで寝ているホームレスと別のベンチでスマホのゲームに夢中になっているサラリーマンふうの人だけですよ。本当に、犯人は現れるんですか? 暑くて熱中症になりそうだし、藪蚊に足を刺されまくって大変ですよ。だいたい、ボーイスカウトじゃあるまいし、どうしてウチの制服は短パンなんですか? 普通の警察だって短パンなんて穿かないでしょ? どうぞ』

 約三十メートル先――園内の自動販売機の物陰から五メートルほど離れた黒パグ……アンソニーを見張っている涼太の、情けない泣き言が返ってきた。

 涼太は「東京アニマルポリス」……通称TAPの新人で、璃々より三歳下の二十三歳だ。

 TAPに志願するくらいなので動物好きで心優しい青年ではあるが、根性がなく文句が多いのが玉に瑕(きず)だ。

 アンソニーはTAPに所属しているポリスドッグだ。

 警察犬が刑事の役に立っているように、ポリスドッグも様々なシチュエーションで璃々たちの手助けをしてくれる。

 アンソニー以外にTAPでは、シェパードのロビン、ボーダーコリーのフランクが所属している。

 涼太は、TAPだとバレないように制服の上に白のサマージャンパーを羽織っていた。

 TAPの夏の制服は、男子がオリーブカラーのジャケットタイプの半袖シャツに同色の短パン、女子が同じデザインの制服でベージュカラーだった。

 男女とも左胸と背中の上部にTAPの文字が黄色の糸で刺繡(ししゅう)されているので、張り込みや尾行のときは別の上着を着用することになっていた。

 車も今日はバレないように普通のバンに乗っているが、TAPのパトロールカーは迷彩カラーのバンを使用している。

 現場に向かうときや危篤状態の動物を運ぶような一刻を争うときには、警察のパトカーや救急車と同様にサイレンを鳴らしての緊急走行が許されている。

「あんたよりアンソニーのほうが熱中症になっちゃうわよ。とりあえず、犯人に気づかれないように水をあげて。どうぞ」

『あんたよりって……ひどいなぁ。犯人に気づかれないようになんて、無理ですよ。そもそも、犯人がいるかどうかさえわからないんですから。どうぞ』

「野生本能を働かせなさい、野生本能を! 水は公園に水道があるから。どうぞ」

『器がないですけど、どうします? どうぞ』

「手に溜めてあげればいいでしょ? そんなことも、いちいち訊かなきゃわからないの?  五歳児だって、そのくらい自分で判断できるわよ。どうぞ」

『はいはい。わかりましたよ。どうぞ』

 フロントウインドウ越し――涼太が自動販売機を足で蹴り上げた。

「短気は損気! 壁に耳あり障子に目あり! TAPらしく振舞いなさいっ。それから返事は一回! どうぞ」

『二十代とは思えない諺(ことわざ)使いますね。先輩、年齢詐称しているでしょ?』

 涼太は一方的に言うと、逃げるように水飲み場に駆けた。

「ちょっと! 涼太……」

 璃々は、言葉を飲み込んだ。

 およそ二、三十メートル先から遊歩道を、肩にゴルフバッグを担いだ小柄な中年女性が歩いてきた。

 黒のつば広帽子にサングラスをかけているのが、怪しさに拍車をかけていた。

「涼太。ターゲットと思しき女性が接近。身長百五十センチから百五十五センチ。歳は四十代から五十代。黒のつば広帽子にサングラス。肩にゴルフバッグを担いでいる。公園まで約二十数メートル。どうぞ!」

『え!? マジですか!? どうしてその小柄なおばさんを犯人だと思うんですか!? どうぞ!』

「肩に担いでいるゴルフバッグよ。おばさんが夕方に公園でゴルフの練習はしないでしょ? それに、事件が起きた日の夕方、公園付近の監視カメラにゴルフバッグを担いだおばさんの姿が映っていたの。どうぞ!」

『ラジャー!』

 涼太の声は、緊張に強張っていた。

 これまでの被害状況から考えると、武器はゴルフバッグに入っている可能性が高かった。

 約一ヵ月の間にTAPには、目黒の「朝顔公園」が二件、五十メートル離れた「昼顔公園」が二件の、合わせて四件の被害届けが飼い主から出ている。

 犯人は土地勘のある人間らしく、園内に設置してある監視カメラには一切映っていなかった。

 数ある目黒区の公園で、「朝顔公園」と「昼顔公園」だけで被害届けが出ているのは偶然ではないだろう。

 二つの公園は、監視カメラの死角が多いという共通点があった。

 だが、公園周辺に設置してある監視カメラに、ゴルフバッグを担いだ中年女性が歩いている姿が四件の日すべてに映っていたのだ。

 公園に出入りするところは映っていないので、その中年女性が犯人だとは断定できない。

 公園ではなく別の場所に行った可能性もあるのだ。

 しかし、中年女性は現れた。

「朝顔公園」の出入り口まで、十メートルを切っていた。

 ミニチュアダックスフント、トイプードル、ミニチュアシュナウザー、チワワ……四件とも被害にあったのは小型犬ばかりだった。

 ゴールデンレトリーバーや秋田犬などの中型犬以上の被害が出ていないのは、反撃を恐れてのことなのかもしれなかった。

 その事実も、璃々が犯人は女性ではないかと推理する理由の一つだった。

 公園の出入り口まで五メートルほどのところで、中年女性が足を止めた。

 あたりを警戒するように、首を巡らせていた。

 二、三十秒ほどして、中年女性が足を踏み出した。

 中年女性が公園に入れば、璃々の推理が当たる可能性は極めて高くなる。

 璃々は、固唾(かたず)を呑んで見守った。

 四メートル、三メートル、二メートル、一メートル……中年女性が、公園に入った。

「対象が入園。実行に移すまで確保しちゃだめよ! どうぞ!」

 璃々は車を降りながら、涼太に命じた。

 TAPには逮捕権と拘束権がある。

 犯人を拘束し、最寄りの警察署か交番に連行するのだ。

『黙って見ているなんて、かわいそうじゃないですか? もし、被弾しちゃったらどうします? どうぞ』

「仕方ないじゃない。アンソニーには、ちょっとの間だけ辛抱して貰うしかないわ。とにかく、犯人確保が最優先だから。犯人が武器を取り出してアンソニーに向けて構えるまでは、我慢するのよ。どうぞ」

『ラジャー!』

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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