ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!?その1
新堂冬樹『動物警察24時』

bw_manami

2019/09/26

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

1

 

「犯人の引き渡しですか?」
 代々木八幡交番――初めて見る顔の巡査が、怪訝(けげん)そうに璃々(りり)の言葉を繰り返した。
「そうよ。あなた、新しく配属された巡査さん?」
 交番の中にずかずかと踏み入った璃々は、新任巡査に訊(たず)ねながら勝手にデスクチェアに座った。
「あ、ちょっと、そこは……」
「渋谷署の地域課から?」
 新任巡査の言葉を遮り、璃々は質問を重ねた。
「はい……先週から、当交番に配属されました。あの、そこは……」
「名前は?」
 ふたたび、新任巡査を遮り璃々は質問した。
「天野広大(あまのこうだい)って言います」
「天野巡査……じゃあ、ラブね」
 璃々は、マジマジと新任巡査……天野の顔を見ながら言った。
「ラブ……ですか? 天野広大って名前から、どうしてラブになるんですか?」
 天野が訝(いぶか)しげに訊(き)いた。
「ああ、名前は関係ないわ。ラブラドールレトリーバーに似ているから、ラブよ」
「ラブラ……それは、なんですか?」
 天野が首を傾げた。
「ラブラドールレトリーバーを知らないの!? あなた、野球界でいえばイチロー選手を知らないようなものよ!?」
 璃々は、素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。
「それって、外車ですか?」
 天野の真剣な表情に、璃々はため息を吐いた。
「車に似ているなんて、言うわけないじゃない。あなた、もしかして犬嫌いなの?」
「ああ、犬の名前だったんですね? その、ラブラなんとかっていうの。犬嫌いというより、怖いんです。小さい頃、近所の飼い犬に咬まれたことがあって」
「よくあるパターンね。でも、犬が咬むときって狂犬病じゃないかぎり、必ず理由があるものよ。大声を出したとか急に頭を撫でたとか」
「たしかに、尻尾を振ってるから摑もうとしたらガブッと……」
「犬の尾は感情表現、バランス維持、体温維持って、いろんな役割を持っていて敏感な部位なのよ。それをいきなり飼い主でもない人が摑もうとしたら、咬まれても仕方ないわよ。人間だって、見知らぬ人のお尻をいきなり鷲摑みにしたらひっぱたかれたって文句言えないでしょ?」
「それとこれとは、違うような気もしますが……ところであなたは、どちら様ですか?  どういった御用でしょうか?」
 天野が、思い出したように訊ねた。
「この制服を見て、わからない?」
 璃々は立ち上がり、一回転して見せた。
「警備会社の方ですか?」
「あなた、ラブラドールみたいな顔をしてるのに鼻が利かないのね。ほら」
 言いながら、璃々は左胸のTAPの刺繡(ししゅう)を指差した。
「タプ? なんですか?」
「タップ! 本当に、わからないの? まったく、最近の警察は新人教育がなってないわね」
「ああ、思い出しました! 動物愛護団体の方ですよね!?」
 天野が胸前で手を叩き、大声を張り上げた。
「動物愛護団体じゃなく、動物警察! 東京都福祉保健局管轄の『東京アニマルポリス』を知らないの!?」
 璃々は呆れ口調で言いつつ、デスクチェアに腰を戻した。
「も、もちろん、知ってますよ! す、すみません、まだ、新人なので……」
「新人だからこそ、もっと勉強するべきでしょ!」
「はいっ、すみません!」
 璃々の一喝に、天野が直立不動になった。
「って……なんで、僕、さっきから怒られているんですか? それに、そろそろどいてくれませんか? ここは交番で、そこは……僕の席ですから」
 恐る恐る、天野が自己主張した。
「別に、ラブの席じゃないでしょう?」
 璃々は、どっかりと椅子に座ったまま言った。
「あの……その呼びかた、やめてもらえますか?」
「ラブって呼ぶと言ったでしょう?」
「僕は、認めてないんですけど……まあ、いいや。それで、ご用件は……」
「先輩っ、もう、いつまで待たせるんですか!? この人、絡んできて大変なんですよ」
 涼太が、両手にタオルを載せた中富光江を引き連れて交番に乗り込んできた。
「善良な市民になんの真似だい! こいつを外してくれ!」
 中富光江が身体を捩(よじ)り両腕を振り上げるとタオルが吹き飛び、手首を拘束した革手錠が現れた。
「なにが善良な市民よ! 罪なきワンコ達に銃弾を浴びせといて!」
 璃々はデスクチェアから立ち上がり、中富光江を一喝した。
「じゅ……銃弾!?」
 天野が裏返った声を上げた。
「人聞きが悪いこと言うんじゃないよ! 銃弾じゃなくて、ただのペンキじゃないか!」
 中富光江が、璃々に食ってかかってきた。
「人間を信頼しているワンコにとっては、いきなり浴びせられたペンキは拳銃で撃たれたのと同じくらいの衝撃なのよ! おばさん、ちっとも反省してないみたいね!」
 璃々も負けじと、鬼の形相で詰め寄った。
「なんであたしが反省しなきゃならないのよ!」
「ちょ……ちょっと、二人とも、落ち着いてください!」
 天野が、璃々と中富光江の間に割って入った。
「これはいったい、どういうことですか? 説明してください」
「このおばさんは、公園で繫がれているワンコ達に無差別にペンキ弾を浴びせた犯罪者よ!」
 璃々は言いながら、スマートフォンを天野の前に突き出した――中富光江の被害にあった犬たちの画像を次々とスワイプした。
「かわいそう……」
 ディスプレイをみつめる天野の眉毛が八の字になった。
「でしょ! だから、連行したのよ!」
「え?」
 天野の顔に、疑問符が浮かんだ。
「あとは、頼んだわよ!」
 璃々は、天野の肩を叩いた。
「えっ、頼んだって、なにをですか?」
「だから、現行犯逮捕したんだから、厳しく取り調べて二度とこういう悪質な犯罪を繰り返さないようにしかるべき刑罰を与えてちょうだい!」
 璃々は、話の通じない天野にいら立った口調で言った。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

RANKINGランキング