ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!?その2
新堂冬樹『動物警察24時』

bw_manami

2019/10/03

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「ちょっと待ってください。ウチは警察だし、ワンちゃんの事件は、そちらのお仕事じゃないんですか?」
「ラブ君、私をからかっているの?」
 璃々は腕組みをし、天野を睨(にら)みつけた。
「ラブ君って、なんですか!?」
 涼太が、好奇に瞳を輝かせ話に割って入ってきた。
「顔がラブラドールレトリーバーに似ているから……そんなことより、警察とTAPの関係は知ってるでしょう?」
 璃々は、涼太から天野に顔を戻した。
「ええ、でも、この人の罪は警察で取り調べるほどのものじゃないような……」
 遠慮がちな天野の声を、璃々が掌(てのひら)をデスクに叩きつける音が遮った。
「あんたみたいな考えの人がいるから、動物虐待がなくならないんでしょうが!」
「あ、いや……僕が言いたかったのは、ワンちゃんにペンキをかけるという行為はもちろん許されることでありません。ただ、そういった人たちを現行犯逮捕したからってすべて受け入れるわけにはいかないんですよ。そちらで、きっちり油を絞って二度と繰り返さないように……」
 ふたたび、デスクを叩く衝撃音が天野の声を遮った。
「このおばさんがそんなタマじゃないから、連行してきたんでしょうが! こういう性悪おばさんには、きっちり罪を償わせないとだめなのよっ」
 璃々の一喝に、天野が眼を閉じ首を竦(すく)めた。
「誰が性悪だい! このお巡りさんの言う通りよ! 犬コロにペンキをかけたくらいで、罪になるわけがないだろうに! ちょっと前までは、犬コロを死なせても器物破損で済んだ程度のことだったんだからさ。犬コロの命なんて、家電と変わらないんだよ。小娘っ、よく聞きな。粗大ごみにペンキをかけたからって、警察に逮捕されるっていうのかい?」
「あんたって人は……」
 璃々は怒りに唇をわななかせ、拳を握り締めた。
「わかったかい、お嬢さん。お巡りさんは、私が犯罪者じゃないと言ってるのさ。さあ、お巡りさん、この忌(い)まわしいやつを外しておくれよ」
 中富光江が璃々に勝ち誇ったように言うと、天野に革手錠で拘束された両腕を突き出した。
 天野が、中富光江の革手錠を外し始めた。
「ちょっと、ラブ君! あんた本当に、このおばさんを釈放する気!?」
 璃々は血相を変え、天野に詰め寄った。
 天野は璃々に答えずに、中富光江の革手錠を外した。
「見損なったわ! 人間だけを守っていれば、動物なんてどうだっていいの!? なんとか言いなさいよ!」
「落ち着いてください、先輩!」
 天野に摑みかかろうとする璃々の腕を、慌てて涼太が摑んで引き留めた。
「だから私は、犯罪者じゃないと言っただろう? ねえ、お巡りさ……え!」
「動物愛護管理法違反の容疑で再逮捕します」
 天野が、革手錠を外したばかりの中富光江の手首に手錠をかけた。
「ちょっと、なにすんのさ! ちくしょう! あんたも、小娘の肩を持つのかい!」
「そのつもりはなかったんですけど、動物の命を消耗品みたいに考えているあなたを見て、考えが変わりました。きっちり、油を絞らせて貰います」
 般若の如き形相で食ってかかる中富光江から璃々に視線を移した天野が、笑顔で頷いた。

 

2

「またお前か!」
 室内に、怒号が鳴り響いた。
 デスクに座った所長の織田が、赤く怒張した下膨れ顔で璃々を睨みつけた。
「そもそも、中富光江の説得担当は中島だろう!? どうして、お前が説得室に入るんだ!?」
 織田が、璃々の隣に立つ涼太を指差しつつ問い詰めた。
「涼太には、あのおばさんは時期尚早でした! いいように弄(もてあそ)ばれていたし、埒(らち)が明かないから私がヘルプしたんですけど、それが責められることですか!?」
 璃々は怯(ひる)むどころか、一歩踏み出し織田を問い詰め返した。
「説得中の容疑者にいきなりペンキを浴びせることがヘルプなのか!?」
 織田がデスクを叩き、腰を上げた。
 ノーフレイムの眼鏡が、勢いで鼻の上にずれ落ちた。
「犬コロが哀しんだり傷ついたりするわけない、ペンキかけられて喜んでいる……なーんて言うんですよ!? 反省のかけらもないおばさんを、どうして所長は庇(かば)うんですか!?」
 璃々もデスクを叩き、織田に食ってかかった。
「庇ってなんかいないさ! そういう悪質な容疑者の罰は、警察に任せておけばいいだろう!? 私が言っているのは、感情に任せて容疑者にペンキを浴びせるというお前の暴挙だ! 傷害罪で訴訟でも起こされたら、どうするつもりだ!」
 織田が璃々に人差し指を突きつけた。
「ほら、だから言っただろう? 問題になるから、説得室に入ってはいけないと」
 璃々の右隣に立つ兵藤が、自分は止めたということを織田にアピールした。
 保身しか考えていない兵藤らしい言動だ。
「君も君だ。部長がついていながら、どうして止めなかったんだ!?」
 織田の怒りの火の粉が、兵藤に飛び火した。
 十歳下の上司からの叱責に、兵藤の顔が屈辱に歪んだ。
 織田は恰幅がいいので老けて見えるが、まだ三十五歳だ。
「え? あ、いえっ、ですから、全力で止めましたよ! でも、北川君は私を突き飛ばして説得室に駆け込んだんです……」
 兵藤が、悔恨の表情で唇を嚙んだ。
「はぁ!? 私がいつ、部長を突き飛ばしましたか!? 自分かわいさに、そんなでたらめを言うんですか!?」
「なんだ、部長。でたらめなのか!?」
 兵藤に向けられた織田の眼が厳しくなった。
「と、とんでもない! き、き、北川君っ、う、噓を吐くんじゃないよ! き、君は、僕を突き飛ばして出て行ったじゃないか!」
しどろもどろになりながらも、兵藤は保身のために璃々にあらぬ罪を擦(なす)りつけようとした。
「あなたって人は、保身のために部下を陥れて恥ずかしくないんですか! 部長も、性根を叩き直したほうがよさそうですね! さあ、噓を吐いたと正直に言ってください!」
 璃々は兵藤の胸倉を掴んで激しく揺らしながら、詰め寄った。
「先輩っ、だめですって……そんなことをしたら、余計に疑われてしまいますよ!」
 涼太が、璃々と兵藤の間に割って入った。
「ぐるじい……き、北川君……は……放しでぐれ……」
 兵藤の顔が、みるみる紅潮した。
「北川君、いい加減にしなさい! これ以上の騒ぎを起こすと、ペナルティを与えるぞ!」
 織田の一喝に、璃々は渋々兵藤の胸倉を放した。
「ま、まったく……なんて女だ。所長、これで、私の言っているほうが正しいとわかって貰えましたか? 所長。上司に暴力をふるったんですから、北川君を謹慎させてください」
 兵藤が、悲痛な顔で訴えた。
「それはできない」
 にべもなく、織田が言った。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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