ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!?その3
新堂冬樹『動物警察24時』

bw_manami

2019/10/10

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「えっ……で、できないとは……ど、どういうことでしょう!?」
 予想外の織田の言葉に、兵藤は明らかに動揺していた。
 意外なのは、璃々も同じだった。
 兵藤の胸倉を掴んだ時点で、一週間程度の謹慎は覚悟していた。
「たしかに、北川君は問題児だ。だが、今回の事件を解決したのは北川君あってのことだというのも事実だ。いままでも、TAP捜査一部の事件の大部分は北川君の的確な指示で解決してきた」
「ですが所長、北川君の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶりは目に余る……」
「私だって、腹立たしいよ。しかし、北川君の推察力、判断力、行動力はTAPに必要だ。捜査一部のエースである彼女がいなくなって一番困るのは、虐待されている動物たちなんだよ」
 口惜し気に唇を噛みながら、兵藤が渋々引き下がった。
「ということで、今回だけは大目に見てやる」
 織田が、兵藤から璃々に視線を移した。
「どうも」
 璃々は、素っ気なく言った。
「それだけか?」
 織田の右の眉尻が吊り上がった。
「はい」
 璃々は即答した。
「先輩、謝ったほうがいですよ。所長が先輩の貢献を認めて温情をかけてくれたんですから」
 涼太が、璃々の耳元で囁(ささや)いた。
「どうして私が謝らなければならないのよっ。ペンキをかけたのは、あのおばさんが反省してなかったからだし、部長の胸倉を掴んだのは、私に突き飛ばされたとか嘘吐くからだし……温情をかけられなきゃいけないようなことは、なにひとつやってないわ!」
 涼太の囁きがまったく無意味になるような大声で、璃々は言った。
「それはそうなんでしょうけど……まったく、先輩には協調性っていうものがないんですか……」
 涼太が、肩を落とした。
「人がせっかくチャンスをやろうとしているのに、お前ってやつは……まあ、いい。とりあえず、三人とも座ってくれ」
 織田に促され、璃々、涼太、兵藤はデスクに向き合う形に並べられた椅子に腰を下ろした。
「君達捜査一部には、新しい事件に当たって貰う。まずは、これを見てくれ」
 織田は言いながらリモコンを手に取り、照明を絞った。
 デスクの背後の壁に埋め込まれた大型のディスプレイに、動画が流れ始めた。
 どこかの街路樹が並ぶ歩道で、男性が犬を散歩させていた。
 後ろからのアングルなのではっきりとはわからないが、背中の雰囲気や足取りから男性はまだ若い感じがする。
 犬は小型犬……恐らくテリアかシュナウザーだが、顔が見えないので判別はつかなかった。
 だが、犬の歩きかたに違和感を覚えた。
 足取りに力がなく、左右に身体が揺れていた。
「これはまた、別の日の動画だ」
 ディスプレイの映像が切り替わり、新しい動画が流れ始めた。
 今度は、瀟洒(しょうしゃ)なマンションを遠目から映していた。
 恐らく、停めた車内からの撮影なのだろう。
 黒のキャップを目深(まぶか)に被り、顔の半分を黒マスクで覆った男性が、腹這いになる犬を見下ろしていた。
 遠目だが、犬がミニチュアシュナウザーなのはわかった。
 黒のロングTシャツと黒のパンツ……男性は頭の天辺から足元までカラスのように黒ずくめだった。
 さっきの散歩していた動画と同じ男性と犬に違いなかった。
 後ろからのアングルではわからなかったが、シュナウザーは肋骨が浮くほど痩せていた。
「撮影者の大学生が、昨日、ウチに持ち込んできた動画だ」
 動画を止めて照明をつけた織田が、三人の心を見透かしたように入手ルートを明かした。
「あのシュナウザー、かなり痩せてましたね。ネグレクトですか?」
 涼太が口を開いた。
「ネグレクトなら、散歩なんてさせないだろう?」
 兵藤がすかさず否定した。
「でも、あの痩せかたは異常ですよ」
「痩せているからといって、ネグレクトと決めつけるのは早計だ。病気で食べてないという可能性もあるわけだからな」
「だけど、虐待だから大学生はウチに撮影した動画を持ち込んだんじゃないんですか?」
 涼太が食い下がった。
「そうだとしても、その大学生がネグレクトの現場を目撃しているわけじゃないだろう?」
 兵藤は言いながら、織田に窺(うかが)うような視線を向けた。
「たしかに、大学生は虐待の現場を目撃したわけじゃない。近所で見かける犬が異様に痩せ細っているから、TAPに持ち込むために証拠映像として隠し撮りしたようだ。大学生の証言をまとめたデータによれば、飼い主の男性は俳優の西宮翔(にしのみやしょう)だそうだ」
「え!? マジですか!?」
 涼太が大声を張り上げた。
 兵藤の瞳にも、好奇の色が宿っていた。
 二人のリアクションがそうなるのも、無理はない。
 西宮翔は、ドラマに映画に引っ張りだこの売れっ子俳優だった。 
「ほら、だから言ったろう? ネグレクトや虐待とはかぎらないって」
 兵藤が、勝ち誇ったように涼太に言った。
「どうして、そう言い切れるんですか?」
 それまで黙って事の成り行きを見守っていた璃々は口を挟んだ。
 黙っていたのは、異様に痩せ細っているシュナウザーについてあらゆる可能性を探っていたからだ。
「どうしてって? 西宮翔が、飼い犬を虐待するわけないだろう? そんなことをしたら、ワイドショーや写真週刊誌の格好のネタになる。一般人と違って、体面というものがあるからね」
 兵藤が、したり顔で言った。
「まあ、呆れた。まさか、本気で言ってるんですか? 有名人だからって、虐待しないとはかぎらないでしょう!? とくにネグレクトだと、本人の悪意がないままやっている場合があります。人間と同じで、動物のネグレクトも積極的ネグレクトと消極的ネグレクトにわけられます。前者は、ペットにたいしての知識や経済力があり、精神的疾患がないにもかかわらず飼育を放棄することを、後者は飼育の知識や経済力がなく、精神的疾患や知的障害を抱えていることを指します。西宮翔の場合は後者の事実はないので、積極的ネグレクトと考えるのが妥当です」
 璃々が、兵藤と涼太がやり取りしている間に導き出した結論を口にした。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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