ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!?その4
新堂冬樹『動物警察24時』

bw_manami

2019/10/17

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「中富光江みたいなストレス塗(まみ)れの生活を送っているならいざ知らず、名誉も金も手にした彼が飼い犬を虐待する理由はないだろう」
「ストレスは、お金や名誉があるからなくなるものではありません。むしろ、いつも注目され、部屋の外に一歩出た瞬間から人の目を気にした生活を送らなければならない有名人には、一般人とは違う種のストレスがあるはずです。大事なことは、飼い主が有名人だから一般人だからという問題ではなく、動画に映っているシュナウザーが遠目にもわかるほどに肋骨が浮いているという事実です。ミニチュアシュナウザーはオス、メスともに平均体高が三十センチから三十六センチ、平均体重が五・四キロから九キロです。でも、動画のシュナウザーは明らかに五キロを切っています。目の前の事実がなにより優先すべきことで、ここで不毛な議論をしないで一刻も早く西宮翔から事情を聴くべきです」
 璃々は兵藤ではなく、織田に訴えた。
「ほらほら、喉元過ぎれば熱さを忘れるだ。さっき、軽率な言動を所長から注意受けたばかりだろう? 動画のミニチュアシュナウザーがガリガリに痩せているのは、私にだってわかるさ。だが、それを虐待だネグレクトだと決めつけて行動に移すのは早計だと言っているのさ。もし、シュナウザーが痩せている原因が重篤(じゅうとく)な病気だったら? 病気の治療に一生懸命になっている飼い主に虐待を疑うようなことを言って、訴訟問題に発展したらどうするつもりだ?」
 兵藤が、不安げな顔で言った。
 嫌味で言っているのではなく、兵藤は誤認逮捕になることを真剣に危惧(きぐ)しているのだ。
「またそれですか? そういう可能性もゼロではないでしょう。もし、部長の言うようにこちらの勘違いだったら、素直に謝ればいいだけのことです」
「謝って許される問題……」
「許される問題です!」
 璃々は、兵藤の言葉を遮った。
「あんなに痩せている犬を目撃した以上、ヒアリングするのは当然の話です。その上で虐待ではなく病気が原因だったら、通院して適切な治療を受けているのかを確認し、相談に乗るのも私たちTAPの仕事だと思いますけど?」
「そ、それはそうだが、相手がクレーマー体質で面倒なことになったら……」
「面倒なことになりません!」
 なおも責任問題に発展することを恐れ、歯切れ悪く反論しようとする兵藤を、ふたたび璃々は遮った。
「そもそも、あんた虐待しているでしょう!? なんてアプローチの仕方はしないんですから。散歩のときに偶然通りかかったふりをして、痩せていることを心配して話しかけるんですよ。西宮翔に疚(やま)しいところがなければ、普通に受け答えするはずです。まだ、なにか言いたいことありますか?」
「いや、なにも……」
 兵藤が、渋々引き下がった。
「ということで、早速、出動します! 西宮翔のマンションの住所はどこですか?」
 璃々は、視線を兵藤から織田に移した。
「代官山だ」
「散歩の時間のデータとかあります?」
「動画を持ち込んだ大学生によれば、午前中か夜の十時過ぎに見かけることが多いと言っていたな」
「西宮翔とシュナちゃんのデータをLINEしてください。とりあえず、代官山に飛びます」
 璃々は織田に一方的に告げると腰を上げた。
「あ、おい、まだ話が……」
「いま十時なので、うまくいけば午前中の散歩に遭遇できるかもしれません。サラリーマンと違って、生活リズムが不規則ですから。手遅れにならないうちに行ってきます! 涼太、おいで!」
 璃々は織田に一礼すると踵(きびす)を返し、ドアに向かった。
「おいでって……犬じゃないんですから」
 涼太が文句を言いながらも璃々に続いた。
「まだ犯人だと決まったわけじゃないから、早まるんじゃないぞ!」
「ラジャー!」
 背中を追ってくる織田の声に足を止めずに璃々は、右手を上げて所長室を飛び出した。

 璃々は、用紙に赤丸で囲んである一〇三号室のインターホンを押した。
 赤丸は、犬を飼っている居住者の証(あかし)だ。
 右手には、各階の部屋番号をコピーした用紙を持っていた。
 表札を出していない居住者の名前は明かさない、居住者が許可しないかぎりインターホンでの会話だけという条件で、管理人が用意してくれたのだ。
 一階から五階までのマンションで、全部で二十世帯入っていた。
 犬を飼っている居住者は、十一世帯だった。
『はい?』
 スピーカーから、若い女性の怪訝そうな声が流れてきた。
「突然申し訳ございません。私、東京アニマルポリスの所員で北川と申します」
 璃々は、カメラに向かってTAPの所員である証の身分証明書を掲げた。
『あ、TAPさんですか?』
 女性の声が、柔らかくなった。
 璃々が入所した四年前に比べて認知度が広まり、現在ではペットを飼っている者はほぼTAPの存在を知っている。
「はい。居住者の方にお訊ねしたいことがあり、管理人さんに許可を頂きました」
『なんですか?』
「このあたりで、ミニチュアシュナウザーが虐待されているという通報が入ったのですが、そういった話をなにか聞いたことはございませんか?」
 西宮翔の居住マンション……「ハイクラス代官山」を張るのは涼太に任せ、璃々は聞き込み捜査を開始した。
 散歩に出てくるかどうかわからないターゲットを、二人で張り込むのは効率が悪いと判断したのだ。
 対象にしたのは、「ハイクラス代官山」から半径百メートル以内のマンションばかりだ。
 近所の住人なら、西宮翔とシュナウザーの散歩する姿を目撃している可能性が高く、また、涼太から無線が入ったときにすぐに戻れる。
 本当は西宮翔が住むマンションの居住者に聞き込みをしたかったが、知人がいて本人に話が伝わるのを危惧したのだった。
『虐待されているミニチュアシュナウザーですか? いえ、そんな話、初めて聞きました』
「TAPのホームページに通報欄がありますから、虐待現場を目撃したり噂を聞いたりしたらご一報ください。ご協力、ありがとうございました」
 次の赤丸……一〇五号室は応答がなかった。
 一〇六号室と二〇一号室も応答がなかった。
『はい? どういったご用件でしょう?』
 二〇二号室の品のいい中年女性に、璃々は一〇三号室の居住者にたいするものと同じ説明をした。
『ごめんなさい。なにも聞いたことありません』
 璃々は礼を述べ、次の赤丸……二〇五号室のインターホンを鳴らした。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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