ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!?その5
新堂冬樹『動物警察24時』

bw_manami

2019/10/24

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

『はい、なんですか?』
 ぶっきら棒な若い女性の声が、スピーカーから流れてきた。
 声の幼さからして、まだ十代なのかもしれない。
「突然申し訳ございません。私、東京アニマルポリスの所員で北川と申します。このあたりで、ミニチュアシュナウザーが虐待されているという通報が入ったのですが、そういった話をなにか聞いたことはございませんか?」
『ああ、虐待は知らないけど、芸能人がミニチュアシュナウザーを散歩させているのは何度も見たことあるよ……っていうか、一緒に散歩したこともあるし』
「その芸能人って、どなたですか?」
 璃々は、逸(はや)る気持ちを抑えて冷静な声音で訊ねた。
『西宮翔。全然気取ってなくて、気さくな感じなんだよね』
 その口ぶりから、女性が西宮翔に好感を抱いていることがわかった。
「その西宮さんのミニチュアシュナウザーに、なにか変わったところはありませんでしたか?」
『え? 変わったところって、どういう意味ですか?』
 女性が、訝しげな声で質問を返した。
「たとえば、凄く痩せたりとかしていませんでしたか?」
『ん~どうだろう。まあ、スリムって言えばスリムだけど、虐待とかはないと思うよ』
「どうして、そう思います?」
『だって、一緒に散歩しているときも、ソルティのこと凄く気にかけてるし』
「ソルティ?」
『シュナウザーちゃんの名前だよ。水溜まりに足が入ったりお鬚(ひげ)に土がついたらすぐに抱き上げて拭いてあげてるし、首輪とかもルイ・ヴィトンだし。私がソルティになりたいくらいだよ』
 女性が西宮翔に好意を寄せていることを差し引いても、話を聞いているかぎり虐待とは程遠いエピソードが続いた。
 かといって女性がでたらめを語っているとは思えないし、また、そうする必要もない。
「TAPのホームページに通報欄がありますから、虐待現場を目撃したり噂を聞いたりしたらご一報ください。ご協力、ありがとうございました」
 女性に礼を述べ、璃々は三階の居住者に移った。
『はい。なんですか?』
 三〇一号室――若い男性の声が、スピーカーから流れてきた。
 璃々はこれまでの居住者と同様に、身分を明かし、用件を伝えた。
『ミニチュアシュナウザーなら、西宮翔が飼ってますよ。よく、散歩させているのを見かけますし』
 二〇五号室の女性と同じに、男性の口からは西宮翔の名前が出てきた。
「そのミニチュアシュナウザーちゃんに、変わった様子はなかったでしょうか?」
『ああ、痩せ過ぎかなと思いました』
 男性が、璃々が待っていた答えを口にした。
「かなり痩せていましたか?」
『ミニチュアシュナウザーを飼ったことはないので比較はできないですけど、肋(あばら)が浮いて痛々しい感じはありましたね。だけど、虐待とかはないと思いますよ』
「どうして、そう思われますか?」 
『どうしてって、いつも、ワンちゃんを凄くかわいがっているのがわかりますもん。一度散歩で一緒になったときも嬉しそうにワンちゃんのことを自慢していましたし、いい意味で親馬鹿って感じがしました。でも、あんなに売れっ子なのに芸能人ぶったところがなくていい人ですよ』
 男性が西宮翔とミニチュアシュナウザーから受けた印象は、二〇五号室の女性とほぼ同じものだった。
 その後、四人の居住者が在宅していて、一人がなにも知らないと答え、三人が西宮翔とミニチュアシュナウザーについて語った。
 それまでの二人と同様に三人が語った内容は、ミニチュアシュナウザーが痩せているのは気になったが、西宮翔からは飼い犬にたいしての深い愛情が伝わり、虐待しているとは思えない……というものだった。

 

――動画のミニチュアシュナウザーがガリガリに痩せているのは私にだってわかるさ。だが、それを虐待だネグレクトだと決めつけて行動に移すのは早計だと言っているのさ。もし、シュナウザーが痩せている原因が重篤な病気だったら? 病気の治療に一生懸命になっている飼い主に虐待を疑うようなことを言って、訴訟問題に発展したらどうするつもりだ?

 

 不意に、兵藤の言葉が脳裏に蘇った。
 もしかすると、兵藤の言う通りなのかもしれなかった。
 虐待でなければ、それに越したことはない。
 一方で、判断を誤り虐待の事実を見落としてはならないと気を引き締める自分がいた。
『ターゲットが散歩に出てきました。どうぞ』
 エレベーターのボタンを押そうとしたときに、腕時計型通信機から涼太の声が流れてきた。
「了解。すぐに合流するわ。どうぞ」
 璃々は左手首を唇に近づけながら、エントランスを飛び出した。

 
 この眼でたしかめれば、すべてがはっきりする。

 

 璃々は自らに言い聞かせながら、およそ三十メートル先……「代官山アドレス」の前で手招きする涼太のもとへ走った。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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