ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その6
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/10/31

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「あの黒ずくめの男が、西宮翔だと思います」
 代官山の洒落た街並みを旧山手通りに向かって犬を散歩させる男性の背中を指差し、涼太が璃々の耳もとで囁いた。
 璃々と涼太は、約五メートルの距離を空けて男性を尾行していた。
 西宮翔らしき細身な男性の横を歩くミニチュアシュナウザーに、璃々は視線を移した。
 ふらつく足取り、尖った尾骶骨(びていこつ)……涼太に言われなくても、痩せ細ったミニチュアシュナウザーを見れば男性が西宮翔であるのは間違いないとわかる。
「服を着ているのでわかりづらいですけど、かなりガリガリですね」
 涼太の言う通り、ブルーの衣服越しにもミニチュアシュナウザーの異様な痩せかたがわかる。
「間違いなく、虐待っすね。あいつ、誠実・爽やか路線で売ってるくせに、とんでもない裏の顔を持っていましたね」
 涼太が、吐き捨てた。
「そうかしら……」
 無意識に、璃々は呟いていた。
近所の住人が言っていたように、璃々の眼にもミニチュアシュナウザーが虐待されているようには見えなかった。
「え? どういう意味ですか?」
 涼太が、怪訝な顔を璃々に向けてきた。
「シュナちゃんを見てごらん。尻尾を振って、何度も飼い主を見上げてるでしょ? あの仕草や信頼しきっている表情は、虐待されているワンコのものじゃないわ」
 璃々はミニチュアシュナウザーを視線で追いながら、思いを口にした。
「信頼しきってるって……嘘でしょ!? あんなにガリガリフラフラになるほど餌をあげてないのに」
 涼太が、驚きの表情で言った。
 璃々も同感だった。
 ミニチュアシュナウザーの痩せかたは、愛情たっぷりに育てられているとは思えなかった。
 だが、虐待されている犬ならば、飼い主との関係性が崩れ恐怖心や不信感が植え付けられているので、あんな穏やかな表情にはならないものだ。
 西宮翔とミニチュアシュナウザーは、旧山手通りを右に曲がり、神泉(しんせん)の交差点に向かっていた。
 歩きながら、優しい口調でなにかを語りかけている。
「マスコミもいなければ、通行人もまばら」
 璃々は、不意に呟いた。
「はい?」
 涼太が、ふたたび怪訝な顔を向けた。
「この状況で好感度を上げる必要もないでしょう? 彼のシュナちゃんに話しかけるときの優しい眼差しや声音(こわね)は、誰かの眼を意識してのものじゃないわ」
 璃々は、涼太に、というよりは自らに言い聞かせた。
「たしかに、言われてみれば、西宮翔はずっとワンコに話しかけてますよね。ワンコも、嬉しそうに見上げているし……ということは、やっぱり、部長の言うように重篤な病気かなにかなんですかね?」
「そう考えるのが妥当なんでしょうけど……」
 璃々は、言葉を切った。
「けど……なんですか?」
「とにかく、ここで予想合戦をしていても仕方ないわ。病気なら病気で、適切な治療を受けているのかどうかを確認しなきゃ」
 言い終わらないうちに、璃々は駆け出した。
 涼太の靴音が追ってきた。
 西宮翔は、代官山「蔦屋(つたや)」の敷地内に設置されたテーブルの椅子に腰を下ろした。
 好都合なことに、周囲のほかのテーブルに人の姿はなかった。
 西宮翔は携行用の給水器を足元に置くと、ペットボトルの水を注いだ。
 ミニチュアシュナウザーはすぐに、音を立てながら水を飲み始めた。
 この行動を一つとっても、西宮翔が飼い犬を虐待しているようには見えない。
「あの、ちょっといいですか?」
 璃々が声をかけると、西宮翔が顔を上げた。
「お寛(くつろ)ぎのところ、申し訳ありません。私、『東京アニマルポリス』の北川と申します」
 璃々は名乗りながら、ID手帳を掲げた。
「ああ、犬のお巡りさん?」
 西宮翔が言った。
 彼の瞳から、動揺の色は窺(うかが)えなかった。
「犬だけでなく、動物全般に纏(まつ)わる事件を扱っています」
「その動物のお巡りさんがなんの用?」
 西宮翔に惚(とぼ)けているふうはなく、本当に心当たりがないようだった。
「いえ、特別に用はないのですが、たまたまワンちゃんをお見かけしたので。ミニチュアシュナウザーちゃんですよね? 凛々(りり)しい顔立ちをしていますね」
 璃々は言いながら屈み、ミニチュアシュナウザーの頭を撫でた。
 かわいがる意味で、そうしたのではない。
 予想通り、掌(て)が頭頂に触れた瞬間にミニチュアシュナウザーはピクリとした。
 虐待を受けている犬は、触る直前に反応する場合が多い。
 条件反射で、防衛本能が働くからだ。
 だが、触られてからピクリとしたのは栄養失調による痙攣(けいれん)の一種だ。
「さすがは、アニマルポリスさんだね。ソルティは、インターナショナルチャンピオンの血筋を引いているんだ」
 西宮翔の、キャップとマスクの間から覗く眼が柔和に細められた。
 まるで、息子を溺愛する母親のようだった。
「凄いですね! そっか、あなたのパパはイケメンなのね~」
 璃々は犬が喜ぶ高い声音で言いつつ、衣服の上からソルティの背中や脇腹を撫でた。
 ソルティの身体は、タオル越しに木を触っているようだった。
「でも、ちょっと痩せ過ぎていませんか?」
 璃々は、いま気づいたとばかりに切り出した。 
「僕のこと?」
「いえ、ワンちゃんのことです」
「ああ、ソルティね。糖質制限してるんだ」
 あっけらかんとした口調で、西宮翔が言った。
「糖質制限!?」
 璃々は、思わず素頓狂(すっとんきょう)な声で訊ね返した。
「ロカボダイエットだよ。聞いたことあるよね? チャンピオン血統の子供がメタボだなんて、エリート家系の面汚(つらよご)しになっちゃうだろ? 人間だって、同じ四十歳でも二十歳の頃と変わらないスリムな人もいれば、見るも無残なビール腹になっている人もいるでしょ? 僕は、ソルティに醜い姿になってほしくないんだよ。ね~ソルティ?」
 西宮翔はソルティを抱え上げ、優しく背中を撫でつつ語りかけた。
「ロカボダイエット……ですか?」
 璃々は、頭を整理する時間を稼ぐために繰り返した。
 飼い犬が異常に痩せている原因が、虐待でも病気でもなく糖質制限をさせているからという理由は予想していなかった。
「うん。もうわかっていると思うけど、僕は芸能人だしビジュアルにもこだわりがあるからさ。やっぱり、西宮翔の飼っている犬はそこらの犬と違うな、って思われたいしね。もちろん、ビジュアルばかりが理由じゃないよ。犬だって糖質を摂(と)り過ぎればいろんな病気にかかるし、健康を損なったらかわいそうでしょ?」
 西宮翔が、悪びれたふうもなく言った。
 涼太が、困惑した顔を璃々に向けた。
 その表情の意味は、璃々にもよくわかった。
 どうするんですか?
 涼太の心の声が、聞こえてくるようだった。

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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