ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その7
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/11/07

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「たしかに、西宮さんのお気持ちもわかりますが、人間と同じで糖質制限も度が過ぎると逆に健康を損なってしまいます」
 璃々は、上からの物言いにならないように気をつけた。
 方法は間違っているが、西宮翔の行動の源はソルティへの愛情だ。
 根気よく話せば、わかってくれるはずだ。
「だね。でも、大丈夫。僕も仕事柄、モデルさんの友人が多いからバランスの取れたレシピも組み立てているし。ね~ソルティ?」
「差し支えなければ、どういったレシピか教えて頂けますか?」
「ああ、いいよ。とりあえず、座れば? 君も」
 西宮翔が屈託なく言うと、対面の椅子を璃々と涼太に勧めた。
「失礼します」
 璃々は素直に従い、椅子に腰を下ろした。
 長期戦になる覚悟をしなければならない。
「レシピ、レシピ……あ、これね」
 操作していたスマートフォンを、西宮翔がテーブルに置いた。
「拝見させて貰います」
 璃々は身を乗り出し、ディスプレイを覗き込んだ。
 
 朝 ササミボイル30グラム ブロッコリーボイル20グラム
 夜 ブロッコリーボイル20グラム サプリメント

 隣で覗き込んでいた涼太と、顔を見合わせた。
「これだけですか?」
 璃々は敢えて、冷静な口調で訊ねた。
「うん、そうだよ。まあ、日によっては、ササミが鶏の胸肉になったりするけど基本的には低カロリー高タンパクのレシピだね」
「これだとヘルシー過ぎて、必要な栄養素が摂れないと思いますよ」
 璃々は、やんわりと言った。
「そんなことないって。そもそも、人間もペットも糖質を摂り過ぎなんだよ。この食事でソルティは病気にもならずに健康的に暮らしているのがなによりの証明さ」
 西宮翔が、自信満々に言い切ると不自然過ぎるほど白い歯を覗かせた。
「どこが健康的なんですか!? ガリガリで痛々しくて、見てられないですよ!」
それまで黙っていた涼太が、堪(たま)らずといった感じで口を挟んだ。
「君は、わかってないな。パグとかブルドッグなんかのポチャッとした体形と一緒にされたら困るんだよね」
 西宮翔が、呆(あき)れたような顔を涼太に向けた。
「わかってないのは、あなたのほうですよ! いまにも倒れそうなほどに痩せ細っているのが、わからないんですか!?」
 珍しく、涼太が熱くなっていた。
 気持ちはわかるが、戦略としては好ましくない。
「なんで、赤の他人の君にそんなふうに怒られなきゃならないんだよ? 僕がソルティを虐待しているのならまだしも、摂取カロリーをコントロールしているだけでそこまで言われるのは心外だよっ」
「それが虐待だと言って……」
「やめなさいっ」
 感情的に畳みかけようとする涼太を、璃々は制した。
 いつもとは逆のパターン――暴走するのは自分で、止めるのは涼太の役目だった。
「でも……」
「いいから、言うことをきいて。すみません、ウチの中島が失礼な物言いをしまして」
「まったくだ。いきなり犯罪者扱いされて、気分が悪いよ」
「犯罪者扱いはしていません。ですが、私達は命の危険にかかわる健康状態のペットを発見したら飼い主さんに事情をお聴きしなければらないんです」
「ソルティが命の危険にかかわる健康状態!? 冗談だろう!?」
西宮翔が、欧米人のリアクションさながらに肩を竦(すく)めた。
「いいえ、私達は真剣です。ソルティの痩せかたは度を越してます」
 璃々は、敢えて淡々とした口調で言った。
「だから、何度同じことを言わせるんだよ? ソルティにはロカボダイエットさせているから普通の犬より体脂肪が少ないだけさ。一般的な女の子の体形を基準に、モデルが痩せ過ぎとか不健康とか論じるのはナンセンスだってこと。悪いけど、人と待ち合わせがあるからそろそろ……」
「あなたの言うモデルの世界でも、ダイエットのし過ぎで女性が亡くなって問題になったことがあるじゃないですか?」
 璃々は、西宮翔を遮(さえぎ)り言った。
「馬鹿らしい、それとこれとは……」
「同じです。背骨や肋骨の浮きかたや歩様(ほよう)の乱れを見ても、ソルティは明らかに栄養が不足しています。頭を撫でたときに痙攣みたいに反応するのも、血糖値が著しく低下しているのが原因です」
 ふたたび、璃々は西宮翔を遮り説明した。
「アニマルポリスだからって、獣医師でもあるまいし、なんでそんなことがわかるのさ?」
「私は、動物医療の専門学校に通って看護師の資格を取りましたから。動物医療の専門家として言わせて貰いますが、ソルティちゃんの食生活をすぐに変えないと取り返しのつかない事態になりますよ?」
「はいはい、わかったよ」
「ふざけないで、真剣に聞いてください」
「だから、ソルティにシュークリームとか練乳とか与えればいいんでしょ?」
西宮翔が、人を小馬鹿にしたように言った。
「ソルティちゃんを、殺す気ですか?」
 璃々は西宮翔を見据え、押し殺した声で言った。
「な、なんだよ、人聞きが悪いなっ。僕がソルティを殺すわけないじゃないか!」
 熱(いき)り立つその姿は、演技ではないようだった。
「もちろん、西宮さんが故意にやっていないのはわかっています。ですが、このままの食生活を続けたらソルティちゃんは命を落としかねません。愛犬のビジュアルを気にするのも結構ですが、ソルティちゃんが体調を崩して万が一のことがあったら……」
「わかったよ。気をつけるようにするから、そんな縁起の悪い話はやめてくれ」
 いら立ったように、西宮翔が璃々を遮った。
「気をつけるとは、具体的にどうされるんですか?」
 すかさず璃々は、話を詰めた。
「栄養価の高いドッグフードを与えるってことだよ」
 面倒臭そうに、西宮翔が吐き捨てた。
「わかって頂き、ありがとうございます。では、早速……」
 璃々は言葉を切り、用意してきたエコバッグから缶詰の流動食を三個取り出しテーブルに置いた。
「なに、これ?」
 缶詰に視線を落とした西宮翔が、訝(いぶか)しげに訊ねてきた。
「高カロリーの栄養食です。ソルティちゃんは胃袋が小さくなっていると思いますから、いきなりドッグフードを与えたら消化不良を起こしてしまうので、まずは流動食で慣らしてください」
「冗談じゃないっ、高カロリーの流動食なんて、太るじゃないか!」
「太らせるために、与えるんです!」
 璃々は、初めて大声を出した。
「栄養価の高いドッグフードを与えるというのは、嘘だったんですか!? こんな状態だと、ソルティちゃんを保護することになります」
「保護!?」
 西宮翔が、素頓狂な声を上げた。
「虐待されているペットは、動物愛護管理法で強制的に保護できることになっています」
「そんな勝手な……」
「保護だけではなく、ペットにたいしての虐待を改めない場合は逮捕することもあります」
「逮捕だって!?」 
 璃々の言葉に、西宮翔の顔から血の気が引いた。
「ええ。ただし、私達の指導に従わない場合です。私達の目的はソルティちゃんの健康状態を取り戻すことなので、西宮さんが改心して頂ければこれまで通りソルティちゃんと暮らせます」
「嫌だと言ったら?」
「いますぐソルティちゃんを保護します。抵抗した場合、動物虐待の容疑で逮捕します」
 璃々は、取り付く島もない口調で告げた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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