ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その8
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/11/14

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

西宮翔は、苦悩の表情でソルティをみつめていた。
「先輩、ちょっといいですか?」
涼太が席を立ち、璃々を促した。
テーブルから十メートルほど移動したところで、涼太は立ち止まった。
「なによ?」
「今日の先輩、変ですよ」
「どこが変なのよ?」
「いつもならすぐにペットを保護するのに、どうして西宮翔に戻すんですか? まさか、ファンとかじゃないですよね?」
涼太が、疑わしそうな眼を向けてきた。
「馬鹿ね。そんなこと、あるわけないじゃない」
璃々は、鼻で笑った。
「だったら、どうして保護しないんです? 中富光江のときは物凄い剣幕で怒鳴りつけて、交番にまで連行したのに」
「それは、彼女の場合は動物にたいして愛情のかけらもなく、ストレス発散のために虐待し、しかも、そのことについての反省の念がなかったからよ」
「反省してないのは、彼も同じでしょ? あんなにガリガリに痩せるほど餌をあげてないのに、先輩の渡した栄養食も拒絶していたじゃないですか?」
「それはそうだけど、中富光江との違いは西宮翔には愛犬への愛情があるということよ。メタボ体形にしたくない、糖尿病にしたくない、かっこいいビジュアルでいさせたい……栄養失調にさせている言い訳にはならないけど、ソルティのことを考えていることだけはたしかよ。ただ、愛情の方向性が間違っているだけ。私達の役目は、闇雲に飼い主と愛犬を引き裂くことじゃないの。どんなに至らない人間でも、ワンコからしたら最愛のパートナーなんだから」
璃々は、西宮翔に視線を移した。
ソルティは膝の上でリラックスし、ときおり主人の顔を愛おしそうに見上げている。
「ろくに餌をあげない虐待男を、最愛のパートナーだと思いますかね?」
涼太が、呆れた顔で言った。
「人間から見たら、そうでしょう。でも、餌の時間にササミや鶏の胸肉を貰っているわけだし、ソルティからしたら西宮翔は餌を与えてくれる人よ。ただ、カロリーや糖質が不足しているだけの話で、それは栄養面から見たら問題でしょうけどソルティには関係ないの。散歩もするし愛情深く接しているし、ソルティは彼のことが大好きなはずよ。中富光江のときと違って私がすぐに保護しないのは、西宮翔のためじゃなくてソルティのためなの。低血糖症や栄養失調で命が危ないというのは人間サイドの判断で、いきなり引き離したらソルティが精神的に参ってしまうわ」
「なるほど。たしかに、言われてみたらそうかもしれませんね。悪意なく間違った知識で餌を上げているだけで、心からソルティをかわいがっているわけですから……そういうことですよね?」
涼太の問いかけに、璃々は頷いた。
「だから、普通の虐待と違って難しいのよ。なんとか、彼に気づかせないと……」
「もう、帰っていいかな?」
焦(じ)れたように、西宮翔が声をかけてきた。
「ごめんなさい、もう少し、お付き合いください」
言いながら、璃々はテーブルに戻った。
「では、改めて説明します。この缶詰を今夜すぐに与えてください。ほしがっても、消化器官が弱っているので嘔吐や下痢をしてしまうかもしれませんから、一缶だけにしてください。それで、残りの二缶は明日の午前中と午後にあげてください」
「わかったよ」
今度は素直に、西宮翔が従った。
ソルティと引き離されるのは嫌なのだろう。
「明日、ご自宅には何時頃戻られますか?」
「最後の番宣収録が赤坂の局で七時頃に終わる予定だから、九時までには戻れると思う」
「では、その頃に伺います」
「え!?」
璃々の言葉に、西宮翔が弾(はじ)かれたように顔を向けた。
「今夜と明日の合計三回の食事風景を、動画で撮影してください。伺ったときに、チェックさせて頂きます」
「もしかして、僕を疑っているのか!?」
西宮翔が、憮然とした表情で訊ねてきた。
「すみません、ソルティちゃんを保護しない代わりにご協力ください。きちんと餌をあげているかを疑っているわけではなく、食べている様子でソルティちゃんの状態もわかりますから」
璃々は、事務的に言った。
フォローはしたが、西宮翔を信用していなかった。
ソルティの体調は予断を許さず、いまのままだといつ重篤な状態に陥っても不思議ではない。
極端な話、今夜倒れて死んでしまうということもありうるのだ。
「僕を信用してくれないか? 君達も知っての通りハードスケジュールだから、いちいち動画撮影なんて……」
「ソルティちゃんの命を助けるためです! 死んでから後悔しても、遅いんですよ!」
璃々は西宮翔を遮り、一喝した。
ソルティのために一日二度の散歩も欠かさない西宮翔が、食事風景を撮影するくらいの時間を惜しむわけがない。
動画撮影を渋る理由――この期に及んでまで、太らせないために璃々の用意した高カロリーの栄養食を与えないつもりなのだ。
「とにかく、明日の九時頃マンションに伺います。缶詰を与えなかったり、動画を撮影しなかったり、不在だった場合、理由を問わずにソルティちゃんを保護します」
璃々は畳みかけるように、西宮翔に警告した。
「そんな、横暴な……」
西宮翔が、強張った顔で呟いた。 
「横暴? ソルティちゃんに栄養価の高い缶詰を与えてくださいとお願いしていることを、あなたは横暴と受け取るんですか? やっぱり、西宮さんはソルティちゃんに缶詰を与えないつもりだったんですね……」
璃々の言葉尻が、押し殺していた激憤に震えた。
「西宮さん、あなたは間違ってます! 体形がどうの、メタボがどうの……あなたが言っていることはすべて詭弁(きべん)ですっ」
それまで冷静さを保っていた璃々の脳内で、抑制していた感情がスパークした。
「肥満体でもあるまいし、ソルティちゃんに糖質制限が必要かどうかちょっと考えればわかることですよね!? あなたが心配しているのは、ソルティちゃんの健康状態なんかじゃなくて体形でしょう!? モデルの彼女を連れて自慢する男の人と同じで、アクセサリー感覚で連れて歩きたいだけですっ。犬は、飼い主に無償の愛を捧げます。栄養が足りなくてふらふらしていても、ソルティちゃんはあなたを信頼し、あなたを愛してるんです!  ササミやブロッコリーを少量では、脳に必要な栄養も行き届かず意識は朦朧(もうろう)とし身体もきついと思います。それでも、西宮さんと一緒にいたくてソルティちゃんは懸命に歩いてるんですよ!? それなのに、あなたはまだソルティちゃんの健康よりビジュアルを重要視するんですか!」
璃々はテーブルを叩き、椅子から腰を上げた。
「先輩、もうちょっと声のボリュームを落としましょう……周りの人が、びっくりしてますよ」
さっきまで興奮していた涼太が冷静になり、璃々の宥(なだ)め役に回った。
だが、感情のアクセルを踏んだ璃々は激憤のブレーキが利(き)かなかった。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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