ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!?その9
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/11/21

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「イケメン俳優だか抱かれたい俳優ナンバーワンだか知りませんが、健気(けなげ)なパートナーの命と引き換えに外見を磨くことばかりに囚われるなんて、西宮さん、あなたの心は醜く不細工ですよ!」
 璃々が罵倒(ばとう)し指差すと、西宮翔が周囲の眼を意識するように首を巡らせた。
「えっ、西宮翔って、あの西宮翔!?」
「かっこいいし顔ちっちゃ!」
「嘘みたい! 西宮翔が目の前にいるなんて!」
「なにを揉めてるの?」
「犬を大事にしてないとかなんとか怒られてるっぽい」
「あの女、なに? 翔君にえらそうに! 警備員?」
「お巡りさんって、あんな制服だったっけ?」
「TAPだよ、TAP」
「TAPってなに?」 
「東京アニマルポリスとかいう、ようするに動物警察だよ」
「動物警察!? なんだそりゃ?」
 
 周辺に人だかりができ始め、そこここからひそひそ話が聞こえた。
「わかった……わかったから、もうやめてくれ。ちゃんと缶詰をあげるし、動画も撮るから」
 西宮翔は小声で言うと、ソルティを抱いたまま立ち上がった。
「では、明日、九時に……」
「もう、わかったから」
 念を押そうとする璃々を遮り、西宮翔が逃げるように駆け出した。
「あっ、ちょっと……」
「先輩、ちゃんとするって約束したんですから、明日まで待ちましょう」
 涼太が、璃々を窘(たしな)めた。
「途中までは冷静だったのに、これじゃいつもと同じじゃないですか? まったく、さっきまで僕に偉そうに諭していたくせに……」
 涼太が、呆れた口調で言った。
「だって、ワンコに生命の危険が迫っているって教えてあげてるのに、あそこまでカロリーや糖質にこだわるなんて、さすがにキレるわよ!」
 怒りが収まらず、璃々は掌でテーブルを叩いた。
「それにしても、先輩は極端過ぎるんですよ。僕の西宮さんにたいしての憤りなんて、どこかに吹き飛んでしまいましたよ。とにかく、人目がありますからここを離れましょう」
 涼太に促され、足を踏み出す璃々にスマートフォンを向ける者がちらほらと視界に入った。
「見せ物じゃないの! 盗撮容疑で逮捕するわよ!」
 璃々は野次馬に一喝した。
「もう~先輩……勘弁してくださいよ~」
 半泣き顔で涼太が、璃々の腕を引いた。

 

4

 

「それにしても、凄いマンションですね……これ、家賃は軽く五十万は超えてそうですよ。西宮翔って、まだ、二十五歳とかでしょ? 俺と二つしか変わらないのに……」
 涼太が、天高く聳(そび)えるタワーマンション……「ハイクラス代官山」を恨めしそうに見上げながらため息を吐(つ)いた。
 璃々は、スマートフォンのデジタル時計に眼をやった。
 PM9:30。
 昨日、西宮翔が戻っていると言った時間より三十分ほど遅れて訪ねた。
「妬(ねた)み嫉(そね)みはあとにしなさい。行くわよ」
 璃々は涼太の背中を叩き、「ハイクラス代官山」のエントランスに入った。
 エントランスは大理石張りで広々としており、ホテルのコンシェルジュ的な黒服のスタッフまでいた。
「西宮翔の部屋は一八〇五号です。あそこが一つ目のオートロックです」
 涼太がエントランスホールの奥を指差した。
「オートロックが二つあるってこと?」
「いいえ、四つです。芸能人やスポーツ選手がたくさん住んでいるから、セキュリティが半端ないんですよ」
「四つ……火事や地震になったら逃げ遅れるんじゃないの?」
 呆れた口調で言いながら、璃々はオートロックのガラス扉の前で足を止めた。
「それより、西宮翔はいますかね? 居留守使って、撮影が押したとかなんとか適当な言い訳をするつもりじゃないんですか?」
 涼太が、不安げに言った。
「それはないでしょう。いかなる理由があっても今夜、動画を確認できなかったらソルティを保護すると警告したし、実際、約束を破ったら実行するしね」
「だといいんですが……」
 涼太が言いつつ、オートロックボードのルームナンバーキーを押した。
『あ、待ってたよ。遅かったじゃん。入って』
 涼太の不安は杞憂に終わり、インタホンのスピーカーからすぐに西宮翔の声が流れてきた。
 ロックが解錠されるモータ音に続いて、涼太がガラスドアを開けた。
 二つ目、三つ目、四つ目のドアロックが解錠され、璃々と涼太はエレベータホールに辿(たど)り着いた。
「やっぱり、先輩の脅しが利いたみたいですね」
 エレベータに乗り込むと、涼太が安堵の表情で言った。
 作動音もなくエレベータは上昇し、オレンジに染まる階数表示の数字が猛スピードで移動した。
 18が染まったところでエレベータは止まり、すっと扉が開いた。
「なんか、ゴトゴト音がする中古の軽自動車みたいなウチのマンションのエレベータとは大違いで、ロールスロイスの乗り心地ですね」
 ベージュのカーペットが敷き詰められた共用廊下を歩きながら、涼太が言った。
「あんた、ロールスロイスなんて乗ったことあるの?」
「あるわけないじゃないですか」
「じゃあ、乗り心地なんてわからないでしょ。適当なんだから」
「イメージですよ、イメージ。一八〇五……ここですね。なんか、ドアの材質まで庶民のマンションとは違いますね」
 軽口を叩く涼太がインタホンを押そうと手を伸ばしたときに、いきなりドアが開いた。
「とりあえず、入って」
「アディダス」の黒のセットアップ姿の西宮翔が、璃々と涼太を招き入れた。
「すご……」
 思わず、涼太が呟いた。
 無理もない。
 ベージュの大理石張りの沓脱場だけで、三畳はありそうな広さだった。
「約束、守ってくれましたか?」
 璃々が訊ねると、西宮翔が頷いた。
「ありがとうございます。では、早速、動画を……」
「動画は撮ってないよ」
「えっ……それじゃ約束が違うじゃないですか!? 約束を守って頂けないときは、ソルティちゃんを保護すると警告しましたよね?」
 璃々は気色(けしき)ばみ、詰め寄った。
「落ち着いてよ。動画は撮ってないけど、約束は守ったから」
 悪びれたふうもなく、西宮翔が言った。
「どういう意味ですか?」
「ソルティは、きちんと飼育できる知り合いに譲ったよ」
「えっ……」
 西宮翔の予想外の言葉に、璃々は絶句した。
「わかったんだよ。結局、原因は僕だから、一番いい解決策は責任を持って飼える人に育てて貰うことだってね」
 西宮翔が、人を食ったように口角を吊り上げた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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