ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その10
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/11/28

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

 路肩に停めた車のフロントウインドウ越し――「ハイクラス代官山」のエントランスに璃々は、厳しい視線を向けていた。
 車は西宮翔にバレないように、TAPとロゴの入った社用車からレンタカーのプリウスに変えていた。
「あの……いつまで、張るつもりですか?」
 ドライバーズシートから、遠慮がちに涼太が訊(たず)ねてきた。
「出てくるまでよ」
 璃々は、エントランスに視線を張りつけたまま素っ気なく言った。
「出てくるまでって、西宮翔とソルティのことですか?」
「決まってるでしょ!」
 いらついた口調で、璃々は吐き捨てた。
「マジですか~」
 涼太が、長いため息を吐(つ)いた。
「ねえ、先輩、今日は帰りませんか? 俺も、西宮翔がソルティを知人に譲ったなんて話は信じてませんよ。だけど、先輩の眼を欺くための嘘だとしても、誰かに預けている可能性が高いと思います……っていうか、現に、部屋の中にいなかったじゃないですか? ね? また、明日、出直したほうがいいですって」

 ――知り合いに譲ったなんて見え透いた嘘を、私達に信じろというんですか?

 諭すような涼太の声に、記憶の中の自分の声が重なった。

 ――まあ、疑うだろうね。中へ入っていいよ。気の済むまで探せば。

 余裕の表情で、西宮翔が言った。
 西宮翔の部屋は、3LDKだった。
 それぞれの部屋はもちろん、トイレ、シャワールーム、クロゼット、バルコニーまでチェックしたがソルティはいなかった。
「部屋にいないのは、わかってるわよ」
「だったら、どうして……」
「私達がきている間だけ、一時的にどこかに預けている可能性があるでしょ?」
 涼太に最後まで言わせず、璃々は推理を口にした。
 いや、推理というよりも確信に近かった。
「一時的にどこかに預ける?」
 鸚鵡(おうむ)返しに、涼太が繰り返した。
「友人とか彼女とか事務所関係者とかペットホテルとか……その気になればソルティを一時的に預ける相手はいくらでもいるわ」
 璃々は、ソルティの預け先の可能性がある場所を一気に挙げた。
「なるほど。たしかに、それはありえますね。ただ、そうだとしても、今日は預けたままにして、明日以降、こっちが忘れた頃に引き取りに行くと思いますよ」
「あなた、犬を飼ったことないわけ?」
 璃々は、涼太を睨(にら)みつけた。
「え? 実家にいるときにトイプードルを……なんで、そんな怖い眼で見るんですか? 僕、なんかまずいこと言いました?」
 涼太が、不安げに訊ねてきた。
「ワンコの世話は親に任せっぱなしだったクチね」
「どうして、わかったんですか?」
「ワンコを一度でもパートナーとして育てていた経験があるなら、病気で入院させる以外は誰かに預けるのは心配だから、一分でも早く迎えに行きたくなるものよ」
「すみません……なんか、俺、薄情な男みたいですね。でも、西宮翔は映画の撮影とかで地方に行くことが多いから、ソルティを預けるのは慣れているんじゃないんですか?」
 璃々は、無言でスマートフォンを涼太に向けた。
ディスプレイには、保存していた西宮翔のインスタグラムの画像が表示されていた。
「西宮翔とソルティのツーショットじゃないですか。これがなにか?」
 怪訝(けげん)そうな顔を、涼太が璃々に向けた。
「鈍いわね。沖縄ロケにソルティを連れて行った時の写真よ。ほかにも、京都、広島、北海道……仕事でロケに行くときは、必ずソルティを連れて行ってるわ」
 璃々は、ディスプレイの画像をフリックしながら言った。
「マジですか!?」
 涼太が、眼をまん丸に見開いた。
「糖質制限ダイエットをさせている以外は、西宮翔はあなたなんて比較にならないほどの愛犬家ってことよ」
「凄く、罪深い男になった気分で落ち込みます」
 涼太がうなだれた。
「あなたは単純で軽率だけど、薄情でも罪深くもないわ。それより、今夜中に西宮翔に動きがある可能性が高いってわかった?」
「先輩の話を聞いているうちに、そんな気分になってきました」
「なら、仮眠していいわよ」
「え?」
「今夜中といっても、五分後かもしれないし五時間後かもしれないから」
「……お言葉に甘えます」
 ため息を吐きつつ、涼太がシートを倒して眼を閉じた。
「動きがあったら起こすから」
 璃々は言うと、車を降りてマンションのエントランスに向かった。

 

 

 涼太が仮眠を取り始めてから二時間が過ぎても、西宮翔に動きはなかった。
 璃々は、エントランスのメイルボックスがあるエリアで待機していた。
 誰かが出入りするたびに、郵便物を取りにきた住人を装った。
 西宮翔がマンションから出てくるチェックだけでなく、エントランスに入ってくる者でソルティが入りそうなケージやバッグを持っている場合はエレベータホールまで後を追い、何階で降りたかを確認した。
 二時間の間に、中年男性が三人と若い男性が二人と若い女性が三人入ってきてエレベータに乗ったが、みな、西宮翔の部屋がある十階以外の階で降りた。
 つけ加えれば、彼らが持っていたのは書類鞄、財布、トートバッグ、ポーチで、ソルティを隠しようがなかった。
 足音がした。
 一人ではなく二人……恐らくスニーカーとヒールの足音だ。
 ほどなくして、璃々の推測通りに若いカップルが腕を組みエントランスに現れた。
「フランス、愉しかったね」
「うん、また、来年行こう」
 二人の会話から察して、海外旅行の帰りのようだ。
 男性が黒のキャリーケースを引き、女性は手ぶらだった。
 カップルをターゲットから外そうとした璃々の中で、違和感が芽生えた。
 男しかキャリーケースを持っていないことが引っかかった。
 璃々は、カップルのあとに続きエレベータに乗った。
「何階ですか?」
 男性が階数ボタンを押さずに、璃々に訊ねてきた。
 いいふうに取ればレディファーストだが、璃々には自分の行き先を知られたくないように思えた。
「すみません。十七階をお願いします」
 璃々は、一つ下の階を口にした。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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