ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その11
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/12/05

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

 十八階のボタンを押した男性も女性も、二十代前半に見える。
 二人とも芸能人といってもいい整った顔立ちをしていたが、テレビや雑誌でも見覚えがなかった。
 芸能人でなければ……いや、芸能人であっても変装が必要なほどに売れていなければこれだけの高級マンションの家賃は払えないだろう。
「ありがとうございます」
 璃々は礼を述べ、十七階に降りた――すかさず、非常口に出て階段を駆け上った。
 スマートフォンを取り出し、リダイヤルキーをタップした。
『ほぁい……』
 三回目のコール音が途切れ、受話口から涼太の寝ぼけ声が流れてきた。
「ほぁいじゃないわよ。早く十八階にきて」
 一方的に言うと璃々は電話を切り、非常口のドアを薄く開けた。
 視界に西宮翔の住む一八〇五号のドアが入るのは、前回にきたときに確認済みだった。
 エレベーターのドアが開く音に続き、スニーカーとヒールの音が聞こえた。
 璃々の予想通り、さっきのカップルが視界に現れ一八〇五室の前で足を止めた。 
 男性がインタホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「おお! 待ってたよ!」
 外に出るなり西宮翔は二人には眼もくれず跪(ひざまず)き、キャリーケースのファスナーを開けた。
 璃々はスマートフォンの録画機能をオンにし、撮影を開始した。
 キャリーケースの中からは、クレートが現れた。
「ごめんな~、ソルティ~。いい子にしてたか?」
 言いながらクレートの扉を開けた西宮翔が、ソルティを抱き上げ頬ずりをした。
「おいおい、せっかく世話してやったのに、俺達のことは無視かよ?」
「そうよ。大変だったんだからね~」
 二人が、不満をぶつけた。
 もちろん、本気でないのは笑顔で言っていることでわかった。
「世話代をたっぷり払ってるだろ?」
「まあね。ねえねえ、ソルティってさ、ガリガリ過ぎない? ほら、見てよ、あばらが浮いてるわ。もっと食べさせないとかわいそうよ」
 女性が屈(かが)み、ソルティの脇腹を指差した。
「それより、よけいな食べ物とかあげてないよな?」
 西宮翔が、ソルティの耳の裏を揉(も)みながら訊ねた。
「ああ、貰った餌しかあげてないよ。でもさ、あんなんで栄養足りてるのか?」
 男性が心配そうに言った。
「十分に足りてるよ。毎日、朝夕の散歩で二キロは歩いているしな。百メートルの距離も車でしか移動しないお前よりよっぽど健康的だし。お前ら、TAPの女みたいなこと言うなよ」
 うんざりした口調で、西宮翔が言った。
「TAPの女ってなんだよ?」
 男性が訊ねた。
 TAPの存在を知らないということは、西宮翔はソルティを預ける理由を二人に話していないに違いない。
「なんでもない。ソルティはずっとこれで問題なくきてるし、平気だから。だいたい、日本人は犬に餌をあげ過ぎなんだよ。メタボ腹のおっさんみたいにぶくぶくぶくぶく太るほうが百倍かわいそうだって」
「それにしても……」
「ミク、もういいじゃん。俺らがどうこう口出しする問題じゃないよ。翔がそれでいいと言ってるんだからさ」
 なにかを言おうとした女性を、男性が窘(たしな)めた。
「とにかく、面倒をみてくれてありがとう。また、改めて礼をするからさ。じゃあ、明日も撮影早いから」
 璃々はスマートフォンの録画機能を停止し、勢いよく非常口のドアを開けた。
「『東京アニマルポリス』よ!」
 TAPのID手帳を掲げながら歩み寄る璃々を、三人が弾(はじ)かれたように振り返った。
 怪訝そうな二人とは対照的に、西宮翔だけは顔面蒼白になっていた。
「『東京アニマルポリス』って……動物の警察?」
 男性が誰にともなく訊ねた。
「西宮翔さん、あなたを、動物愛護管理法違反、動物虐待の現行犯で逮捕します!」
 璃々が罪状を告げるのとほとんど同時にエレベーターのドアが開き、涼太が駆けつけた。
「翔が逮捕!?」
 女性が素頓狂な声を上げた。
「ふ、ふざけるなよっ。どうして、なにも悪いことしてないのに逮捕されなきゃならないんだよ!?」
 西宮翔が、血相を変えて食ってかかってきた。
「警告したはずですよ。私が指示した通りのドッグフードをあげて、動画に撮影しなければ逮捕しますと!」
「だ、だから、ちゃんと責任持って世話できる知り合いに譲ったって、説明したじゃないか! 彼らにちゃんと栄養価の高いドッグフードを与えるように伝えたし、たまたま近くに寄ったから顔を見せにきてくれただけだよ。な……なあ? そうだろ?」
 西宮翔が、男性に同意を求めた。
「あ、ああ……そうそう」
「え?」
 慌てて口裏を合わせる男性を、女性が怪訝な顔で見た。
「ほら! 俺の言った通りだろう? それとも、ソルティと会っても罪になっちゃうのか!?」
 西宮翔が、必死に居直って見せた。
「ちょっと、翔も健太もなに言ってるの? 私達は……」
「馬鹿っ、お前は余計なこと言うな!」
 真実を告げようとする女性を、男性が一喝した。
「とにかく、ソルティは健太が飼うことになったし、もう、俺は関係ないから。だから、あんたも俺に構わないでくれよ。じゃあ、俺、明日早いからこれで……」
 西宮翔が玄関に駆け込み閉めかけたドアを、涼太が爪先で阻止した。
「なにするんだよ!? これ以上しつこくすると、逆に警察に通報するからな!」
「いいですよ。そのほうが、手間が省けます。どの道、あなたを警察署に引き渡さなければならなくなるかもしれませんから」
「け、警察!? だって、あんたら動物の警察じゃないのかよ!?」
「TAPで逮捕した容疑者で反省が見られない場合は、警察に引き渡したあと、刑に服して貰うこともありますので」
 璃々は、淡々とした口調で言った。
「だ、だとしても、それは俺が罪を犯した場合だろう!? さっきから言ってるように、ソルティは健太に譲ったし、俺はなにも悪いことはしていない! 健太だって、そう証言した……」
 璃々はスマートフォンを掲げ、動画の再生キーをタップした。

『それより、よけいな食べ物とかあげてないよな?』
『ああ、貰った餌しかあげてないよ。でもさ、あんなんで栄養足りてるのか?』

 

 スマートフォンから流れる自らの声に、西宮翔の顔が強張(こわば)った。

 

『十分に足りてるよ。毎日、朝夕の散歩で二キロは歩いているしな。百メートルの距離も車でしか移動しないお前よりよっぽど健康的だし。お前ら、TAPの女みたいなこと言うなよ』
『TAPの女ってなんだよ?』
『なんでもない。ソルティはずっとこれで問題なくきてるし、平気だから。だいたい、日本人は犬に餌をあげ過ぎなんだよ。メタボ腹のおっさんみたいにぶくぶくぶくぶく太るほうが百倍かわいそうだって』

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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