ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その12
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/12/12

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「もっと、流しましょうか?」
 璃々は、動画の停止キーをタップしながら言った。
 西宮翔が、無言のままうなだれた。
「ソルティちゃんは、いったん、保護します」
 璃々は言うと、西宮翔の腕からソルティを抱き上げた。
 ミニチュアシュナウザーと思えないほど、ソルティの身体は軽かった。
 眼を閉じていれば、トイプードルを抱いているような錯覚に襲われた。
 璃々が目顔で合図すると、涼太が西宮翔の手首に革手錠をかけた。
「あの……今回だけ、許してあげて貰えないですか? 預かった俺らにも責任はありますし」
 遠慮がちに、友人……健太が璃々に言った。
「いいえ、あなた達は事情を知らずに預かっただけですから、責任はありませんよ」
 璃々は、穏やかな顔を二人に向けた。
「でも、こんなに痩せているソルティを見ているのに、どこにも報(しら)せなかったわけですから」
 健太が執拗(しつよう)に食い下がった。
「そうですね。少しでも異変を感じたら西宮さんに直接意見をして、それでも聞き入れてくれなかったら、ウチか動物愛護団体に相談するべきでしたね」
「すみませんでした……」
 健太が頭を下げた。
「わかって頂けたなら、それで結構です」
「じゃあ、翔も許して貰えるんですか?」
「彼はだめです。再三の警告を無視して、ソルティちゃんに栄養価の高い餌をあげずに命の危険にさらしたわけですから」
 璃々は、厳しい口調で言った。
「でも、翔は仕事が仕事だから、逮捕なんかされちゃうと大変なことになってしまうんですっ」
「お気持ちはわかりますが、動物の命には代えられません」
「なら、ソルティの世話は僕がしますよっ。それなら、いいでしょう?」
「なに言ってるの!? ウチのマンションはペット禁止でしょう!? 半日だけっていう話だったから、特別に預かったんじゃない」 
 それまで黙っていた女性が、健太を窘めた。
「お前は、黙って……」
「彼女さんの、言う通りです」
 璃々は健太を遮った。
「ペット禁止の家で、まともな飼育ができるとは思えません。いえ、ペットがOKの環境であっても、あなたの申し出は受け入れられません。ソルティちゃんの栄養状態は命にかかわるほど悪くなっています。だからこそ、飼い主さんから引き離して保護するのです」
「そうですよね……」
 健太が、力なく呟いた。
「保護って、どのくらいだよ!?」
 西宮翔が、突然、大声で訊ねてきた。
「ソルティちゃんの体調が安定するまでです。一度に普通の食事をさせると身体が受けつけないので、少しずつ栄養価が高い食事を与えていくので……最低でも一ヵ月はかかります」
「そんなに!?」
「勘違いしないでください。体調が安定したからといって、西宮さんにソルティちゃんを戻せるわけではありません」
 璃々は、きっぱりと言った。
「はっ!? じゃあ、いつになったら戻せるんだよ!?」
 西宮翔が気色(けしき)ばんだ。
「それは、あなた次第です。改心せずに刑に服すことになれば、当然、その期間はソルティちゃんを戻せません。二ヵ月なのか三ヵ月なのか……または、それ以上か。ソルティちゃんと一日でも早く暮らしたいのなら、愛犬を自らのエゴで命にかかわる状態に追い込んでしまったことを心から反省してください」
「ふざけんな! 俺はソルティのことを考えて糖質制限をやってきたんだ! ソルティが道行く人にかっこいいと思われたい、ソルティに〈成犬病〉になってほしくない、そう思うのがエゴなのかよ!? 俺のソルティにたいしての愛情を、どうして虐待扱いされなきゃならないんだ!」
 怒髪天を衝(つ)く勢いで、西宮翔が反論した。
「同じことを何度言わせる気!? その愛情のかけかたが間違っていて、ソルティちゃんが死にそうなほど衰弱しているのがわからないの!? 西宮さんのエゴじゃなくてソルティちゃんへの愛だというのなら、体重が増えても同じように愛すべきでしょうが!」
 我慢の限界――それまで冷静な対応だった璃々は、荒っぽい言葉遣いで西宮翔を一喝した。
「もういい! ソルティは戻さなくていいから、あんたらが育ててくれ!」
 唐突に、西宮翔が居直った。
「あんたらが育ててくれって……それは、どういう意味かしら?」
 璃々は、押し殺した声で訊ねた。
「だから、そのままの意味だよ! 何ヵ月もカロリーの高いドッグフードを与えたら、ぶくぶく太ってしまうだろ!? そんなの、ソルティじゃないから戻さなくていいって言ったんだよ!」
 西宮翔の言葉に、璃々は耳を疑った。
「あなたを、買い被っていたようね」
 璃々は、怒りに震える声音(こわね)で言った。
「なにを言ってるんだっ。散々、人のこと虐待者扱いしておいていながら!」
「糖質制限云々(うんぬん)も間違ってはいるけど、ソルティちゃんへの愛があなたの根底にあると思いたかった。でも、違ったわ。あなたは、理想通りのソルティちゃんを愛しているんであって、それ以外のソルティちゃんのことは愛していない……つまり、あなたには自己愛しかなくソルティちゃんはアクセサリーに過ぎなかったのよ!」
「俺の犬にどんな愛情のかけかたをしようがあんたらには……」
「車に連れて行って!」
 逆ギレする西宮翔を遮り、璃々は涼太に鋭い声で命じた。
「すみませんが、参考人としてお話を聞きたいので、ご同行お願いしてもいいですか?」
 璃々は、硬い表情で立ち尽くしている二人に言った。
「私達も、捕まるんですか!?」
 女性が、強張った顔で訊ねてきた。
「いいえ。ご安心ください。預かったときの経緯をお伺いするだけです」
 璃々が言うと、二人が安堵の表情になった。
 突然、腕の中でソルティが暴れ飛び下りた。
「あっ……どこに行くの!?」
 璃々はソルティを追った。
 エレベータを待つ西宮翔に向かって走り出したソルティが、足を縺(もつ)れさせて転倒した。
「ソルティ!」
 西宮翔が駆け寄るより先に、ソルティが懸命に立ち上がりよろよろとふたたび走り出した。
「大丈夫か!? ソルティ!」
 西宮翔が、足もとにきたソルティを革手錠で拘束された腕の間に入れて抱き締めた。
「犬はね、どんなにひどい飼い主のことでも無条件に愛するものよ。あなたのエゴで、ちょっと走っただけでも倒れるような身体になってしまったのに、必死に駆け寄ろうとした姿を見て申し訳ないと思わない? ソルティちゃんをこんなに衰弱させたのは、ほかならぬ無償の愛を注がれているあなたなのよ」
「ソルティ……ごめんな……ごめん……」
 璃々の言葉に、西宮翔の頬に涙が伝った。
「どうします? TAPに連行しますか?」
 涼太が、耳もとで囁(ささや)いた。
「『説得室』で、もう二度としないと約束したら帰していいわ。ソルティちゃんを彼に戻すかどうかは、いったん、ウチで保護して体調が戻ってからの話ね」
「彼は、愛犬に救われましたね」
「うん。ソルティちゃんの愛情を無駄にしてほしくないわね」
 璃々は、ソルティを抱き締め涙を流し続ける西宮翔を見て、心から願った。

 

 

「結果オーライだからよかったようなものの、次からはもっと慎重に行動してほしいね」
「説得室」の隣室……マジックミラー越しにうなだれる西宮翔に視線を向けながら、兵藤が苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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