ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その13
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/12/19

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「私が迅速に動いたから、ソルティちゃんを救えたんですよ? 初動が遅れたら、どうなっていたと思いますか?」
 璃々は、室内のケージで眠るソルティに視線を移して言った。
 ソルティは栄養価の高い流動食を食べたあと、熟睡していた。
「私が言っているのは、そういうことではない。見切り発車して、もし、ソルティが栄養失調ではなく病気で痩せていたのなら、大変なことになったんだぞ? 彼の仕事は支障をきたして、裁判沙汰になったかもしれない。西宮翔の事務所は大手の『ゴールドエッグプロ』だから、やり手の顧問弁護士が……」
「部長は、老眼がひどくなったんじゃないんですか?」
 璃々は、兵藤を遮り皮肉を言った。
「関係ない話をするな」
「関係ありますよ。部長の眼には、西宮さんの涙とソルティちゃんの安らかな寝顔が見えないんですか? もし裁判になったら、よりも、もしソルティちゃんが手遅れになったら、を考えるのが私達の使命じゃないんですか!?」
 璃々は、兵藤に非難の眼を向けた。
「君は私を冷血漢扱いばかりするが、本当に動物の命を軽視していると思っているのか? 私だって、仮にもアニマルポリスの所員だ。動物たちの命を救いたいに決まっているだろう! だが、それにはこの組織を維持しなければならない。誤認逮捕で訴えられでもしたら、都から閉鎖を命じられる可能性がある。TAPはまだ、正式に認められたわけではなく実験的に開設された機関だ。TAPが閉鎖に追い込まれたら、どうやって動物たちを救うんだ!? 『東京アニマルポリス』という組織の一員だからこそ、捜査権も逮捕権も認められているんじゃないのか!? 君は、理想論ばかり口にして私を責めるが、そういう現実的な問題を考えたことがあるのか!?」
 兵藤が、珍しく感情的な物言いになっていた。
「それを、本末転倒と言うんです! なんのための捜査権ですか!? なんのための逮捕権ですか!? 人間に危害を加えられている、物言えぬ動物たちを一匹でも多く救うためでしょう!? それを、TAPが閉鎖されるかもしれないと恐れて捜査に二の足を踏んでいる間に、動物たちが命を落としてもいいと部長は思っているんですか!?」
 璃々も負けじと、強い口調で反論した。
「君とは、どこまで行っても反りが合わないようだ。君の論理は、客を泊めるのがホテルの役目だと言っているようなものだ。だが、ホテル側もトラブルになりそうな客は断ることもある。ホテルが営業停止になったら、その理想論も実現できなくなるということさえわからずに……」
「詭弁(きべん)はやめてくださいっ。客を泊める泊めないと、動物の命のかかった話は別です! それに私はTAPの所員でなくても、部長みたいにあれこれ言い訳をつけないで、虐待をする者から動物たちを救いますから!」
「上司に向かってその態度は……」
「お取込み中、すみません……」
 兵藤の怒りに震える声を、遠慮がちな女性所員の声が遮った。
 女性所員は、「通報室」の二宮小百合(にのみやさゆり)だった。
「通報室」は、警察でいう一一〇番通報を受ける通信指令室のようなものだ。
「なんだ?」
 兵藤が、不機嫌な顔を小百合に向けた。
「『通報室』に、相談者がいらっしゃっています。申し訳ありませんが、きていただけませんか?」
 彼女が、強張った表情で言った。
「おい、まだ話の途中だぞ!」
 出口に向かう璃々の背中を、兵藤の声が追ってきた。
「部長との不毛な会話より、相談者の対応が大事ですから」
 璃々は振り返らずに言うと、兵藤の舌打ちをドアで遮断した。

 

                ☆

 

「通報室」――スクエアな二十坪の空間は、防音壁で十坪ずつにわけられていた。
 手前の空間には応接ソファとテーブルが置かれており、壁には通報者が連れてきた動物を預かるためのケージが三段……上段から小型犬用のケージが八室、中段が中型犬用のケージが四室、下段が大型犬用のケージが二室が埋め込まれていた。
 犬以外の動物……たとえば猫やフェレットなどを預かる場合は小型犬用のケージを使用していた。
 奥のスペースには四脚の長テーブルが設置してあり、十二人の所員がインカムをつけて通報者の対応に追われていた。
 相談を含めると、日に五百件前後の電話がある。
 その中で現場に急行するレベルの通報は十件あるかないかだ。
「村田さん、捜査一部の方がお見えになりましたよ」
 璃々を先導した小百合が、オフホワイトの三人がけのソファに憔悴(しょうすい)しきった表情で座る若い女性に声をかけた。
 小顔にショートカットが似合う、小柄でスリムな女性だった。
 歳の頃は二十代前半……もしかしたら学生なのかもしれない。
「捜査一部の北川と申します。どうなされましたか?」
 璃々は、ID手帳を女性に掲げながら訊ねた。
 女性が、突然、両手で顔を覆い泣き始めた。
「大丈夫ですか?」
 璃々は取り出したハンカチを女性に差し出した。
 女性はハンカチを受け取り、頬を濡らす涙を拭った。
「ありがとうございます……」
 女性が、鼻声で言いながら畳んだハンカチを璃々に返した。
「なにがあったか、お聞かせ願えますか?」
 璃々が言うと、ふたたび女性が泣き出した。
「村田さんのワンちゃんが、誘拐されたようです」
 小百合が、女性の代わりに説明した。
「ワンちゃんは、いつ、どこでいなくなったんですか?」
 璃々は、女性を刺激しないようにゆっくりとした口調で訊ねた。
「昨日の夕方、散歩の途中にコンビニで買い物をしているときに……」
 涙声で語り始めた女性の声が、嗚咽に呑み込まれた。 
「店の前に、繋いでいたんですか?」
 璃々の問いかけに、女性が涙ながらに頷いた。
「ミルクをあんなところに待たせていなければ……」 
 自責の念に駆られた女性が、号泣した。
「ミルクちゃんの犬種はなんですか?」
「マル……プー……です」
 女性がしゃくりあげつつ言った。
「マルチーズとトイプードルのミックスですね?」
 女性が頷いた。
「性別と歳と色を教えていただけますか?」
「二歳の男の子で……クリームです……」
「誘拐ではなく、リードが外れて逃げた可能性はありませんか?」
 女性が泣きじゃくりつつ、激しく首を横に振った。
「どうして、誘拐だと思うんですか?」
「こんなのが自宅マンションのポストに……」
 女性がポーチからコピー用紙を取り出し、璃々に差し出した。
「なんですか、これ……」
 コピー用紙にカラー印刷されている写真を見て、璃々は息を呑んだ。
 全身ピンク色の毛のない動物が、狭いケージに閉じ込められている写真だった。
 璃々は、印刷されている写真の下に打ち込まれた活字を視線で追った。

 あなたの愛犬を戻してほしければ、「東京アニマルポリス」に身代金の五百万を出して貰ってください。
 期限は三日間後の午前零時までです。
 期限を一分でも過ぎて身代金が支払われなかった場合は、愛犬の全身の毛を剃る程度では済みません。
 
 動物虐待団体
「動物虐待団体ですって……」
 璃々は、怒りに震える声を絞り出した。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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