ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その14
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2019/12/26

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「誘拐犯の捜査に協力してくれとは、どういうことですか?」
 代々木八幡交番――天野巡査が、急に押しかけ勝手にデスクに座る璃々に困惑した表情で訊(たず)ね返した。
「そのままの意味よ。ほら、これ」
 璃々は、席を奪われデスクの横に立つ天野に、村田という女子大生に送られた脅迫状を手渡した。
「この犬、毛がなくて変わった犬ですね」
 天野が、珍しそうな顔で脅迫状に印刷されたマルプーの写真を見た。
「なに言ってるの。毛がないんじゃなくて、この脅迫状の差出人に剃られたのよ!」
「え? なんで、そんな残酷なこと……」
「読めばわかるから!」
 天野を遮り、璃々は脅迫状を読むように強く促した。
「わかりましたから、怒らないでくださいよ。ところで僕は、ずっと立っているんですか?」
 天野が恨めしそうに、己のデスクを占領する璃々を見ながら訊ねた。
「椅子なら、そこにあるじゃない」
 璃々は、丸椅子に視線を移した。
「なんで僕が……」
 ぶつぶつと言いながら、天野が丸椅子に腰を下ろし脅迫文を読み始めた。
「あなたの愛犬を戻してほしければ、『東京アニマルポリス』に身代金の五百万円を……」
 天野は、途中から声を出さずに活字を視線で追った。
「動物虐待団体……なんですか!? これは?」
「こっちが訊(き)きたいわよ。わかっているのは、マルプーを誘拐した犯人が飼い主を脅して『TAP』から五百万円の身代金を要求しているってこと」
 璃々は、いらついた口調で言った。
「あの……誘拐犯は、どうして飼い主からじゃなくて『TAP』に身代金を要求するんですか? 人間でたとえれば、北川さんの子供を誘拐した犯人が警察に身代金を要求するようなものですよ? そんな自殺行為、わざわざするのはおかしいでしょう?」
 璃々も同感だった。
 天野の言うように、飼い主ではなく動物の警察である「TAP」に身代金を要求するのはどう考えても不自然だ。
「悪戯(いたずら)じゃないんですか?」
 天野が懐疑的に言った。
「わざわざ犬を誘拐して毛を刈って『TAP』に身代金を要求する悪戯? そんなの、悪戯じゃ済まないわ。もう既に、誘拐と虐待と脅迫の罪を犯しているわけだし、そのくらい犯人もわかるでしょう」
 璃々も最初は悪戯かと考えたが、天野に言ったようにマルプーを誘拐し毛を刈り脅迫状を出した時点で立派な犯罪だから、どちらにしても見逃すわけにはいかない。
「たしかに、そうですね……あ! それなら、飼い主の悪戯の線はどうですか?」
 突然、胸の前で手を叩き天野が独自の推理を展開した。
「飼い主の家に行ったわ。お母様もいらして、ミルクちゃんがいなくなったって動転していたわ。第一、飼い犬の毛を剃ってまでそんな悪戯して、なんの得もないでしょう?」
「それもたしかに、ですね。じゃあ、動物虐待団体なる犯人は、真面目に『TAP』に身代金を要求しているんでしょうか?」
「いや、それも現実的じゃないわね。いくら市民のペットを人質に取ったとしても、いちいち『TAP』が身代金を払うわけがないことくらいわかるはずよ。考えられるのは……」
「考えられるのは?」
 璃々が言葉を切ると、天野が身を乗り出してきた。
「愉快犯」
「愉快犯?」
 天野が、素頓狂(すっとんきょう)な声で繰り返した。
「誘拐したペットの全身の毛を剃った写真を送り付け、飼い主を通じて『TAP』に身代金を要求する。パニックになる飼い主や血眼になって犯人捜しをする私達を陰から見て快楽を得ている……そう考えれば、今回の摩訶不思議な誘拐事件にも説明がつくわ」
 璃々は、頭の中で辻褄(つじつま)が合うかどうかを確認しながら推論を口にした。
「なるほど。そう言われれば、愉快犯なら挑発するように『TAP』に身代金を要求してくる理由がわかりますね。でも、この件は警察が扱うものではないような気がするんですが……」
 遠慮がちに、天野が言った。
「あら、どうして? 誘拐事件を警察が扱えないなんて、おかしくない?」
「誘拐事件と言っても……その……」
 天野が口籠(くちごも)った。
「なによ? もごもごしてないで、はっきり言いなさいよ」
「我々が扱うのは人間の誘拐事件であって、大変言いづらいんですが……この事件の人質は犬……いえ、ワンちゃんなので……」
 天野が、言葉を選びながら慎重に言った。
「そうね。ラブ君の言う通り、誘拐されたのはワンちゃんよ。でも、忘れてないかしら? 身代金を要求されているのは人間だっていうことを」
 璃々は、腕組みをして天野を見た。
「あ……いや、身代金を要求されているのは……」
「『TAP』だから飼い主は関係ないとでも言いたいの? 五百万を『TAP』に支払わせろという脅迫状が送りつけられたのは、あなた達が守らなければならない一般市民でしょうが!」
 天野を、璃々は一喝した。
「わ、わかりました……協力しますから、怒らないでくださいよ」
「ラブ君いい子ね~」
 璃々は立ち上がり、一転して甲高(かんだか)い声で言いながら、犬にそうするように天野の頭を撫でた。

 

                   ☆

 

「狭い部屋ですけど、こちらへどうぞ」
 村田智美に続き、璃々、涼太、天野の三人は廊下を奥に進んだ。
 智美は、初台の2LDKのマンションに両親と暮らしている。
「お入りください」
 智美に促され、三人は六畳程度のフローリング床の部屋に通された。
 ベッド、テレビ、クッションソファがあるだけの、女子の部屋としてはシンプルなものだった。
 壁際に沿った片隅には、空のケージが虚(むな)しく設置してあった。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

RANKINGランキング