ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その20
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/02/13

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

 智美の瞳から、みるみる涙が溢(あふ)れ出た。
「村田さん……どうかしましたか?」
 驚いた表情で、天野が問いかけた。
「いえ……ごめんなさい。ミルクのために……こんなにして頂いて……。誘拐されたのが犬だから……お巡りさんも真剣になってくれないかと思って……」
 智美が、しゃくり上げながら言った。
「犬だって私達人間と同じ、命ある生き物です。楽しかったり、哀しかったり、退屈だったり、緊張したり、怒ったり、怖かったり……物が言えないだけで、いろんな感情があります。動物愛護相談センターも昔と違い、殺処分ゼロに向けての活動を積極的に行っていますし、そんな時代だからこそ『TAP』が創設されたんです。ラブ……天野巡査は警察官ですけど、私達に共鳴してくれてミルクちゃんを救い出そうとしてくれています。ね?」
 璃々は、天野に視線で促した。
「はい。北川さん達の動物に向き合う姿勢や情熱に触れていくうちに、いろいろと考えさせられました。命に重い軽いはないんだって。安心してください。ミルクちゃんは、必ず守りますから」
 天野が、真摯(しんし)な口調で言うと智美に頷いた。
「かっこつけちゃって。ゴキちゃんの命の重さも人間と同じだと思ってんのかっつーの」
 小声で毒づく涼太の足を、璃々は智美に気づかれないように踏みつけた。
「痛っ……。俺のほうが何年も前から、動物のことを救ってきたんですからね。身代金を二百五十万用意しただけで、急に動物愛に目覚めたみたいなこと言っちゃって……」
 涼太が顔を顰(しか)め、ぶつぶつと呟いた。
「こんなときに、張り合ってる場合じゃないでしょ?」
 璃々も囁き声で、涼太を窘(たしな)めた。
「あの……犯人は、ミルクを連れてきてくれるでしょうか?」
 不安げに、智美が訊ねてきた。
「連れてきたとしても、万が一の保険として離れた場所に待機させる可能性がありますね」
「離れた場所ですか?」
「ええ。五百万を受け取り、安全な場所まで行ったときにメールで場所を教えるとか、あとから村田さんの自宅マンションの近くに送り届けるとか……どちらにしても、身代金とミルクちゃんを同時に交換するということはないと思います」
 璃々が語ったのは、あくまでも推測に過ぎなかった。
 五百万を受け取ったとしても、ミルクを返すという保証はない。
 生きていると世話が大変だという理由で、拉致してすぐに命を奪う最悪のケースもある。
 人間の誘拐事件でも、身代金を渡してから死体で発見されることは珍しくはない。
 そもそもが動物を虐待するような連中なので、人質が犬となればなんの躊躇(ためら)いもなく凶行に走る可能性が考えられた。
 だが、それを智美に言うつもりはなかった。
 これから取り引きを控える被害者の不安を悪戯(いたずら)に煽(あお)ることで、プラスになる要素はなに一つない。
 絶望や焦燥で常軌を逸した行動に出て、取り引きを台無しにされたら元も子もない。
 それに、璃々自体、ミルクは無事だと信じていた。
 恐らく犯人は動物虐待団体という名を騙(かた)っているが、本当の目的は「TAP」を挑発してマスコミを騒がせることであり、虐待ではないはずだ……そうであってほしかった。
「お金が本物だから、ミルクを返してくれますよね?」
 智美は、縋(すが)るような瞳で璃々をみつめた。
「返さない理由がありません」
 璃々は、きっぱりと言った。
「あの……お巡りさん達は、ミルクが返ってきてから犯人を追いかけるんですか?」
 智美が、天野と涼太を交互に見ながら遠慮がちに訊ねた。
 璃々には、智美の危惧がわかっていた。
「いえ、それだと追いかけようがありません。ただでさえ、今回は五十メートル以上離れた位置で張り込んでいるので、北川さんと無線で連絡を取りながら追いかける形になるので、僕達のどちらかが追いつければいいのですが、取り逃す可能性も高いです」
 天野が、緊張した顔つきで言った。
「こんなこと、言いづらいんですが……追いかけないというわけにはいきませんか?」
「追いかけない? それは、どういう意味ですか?」
 涼太が、訝し気な顔で智美のほうを振り返った。
「追いかけられていることに気づいたら、犯人は仲間にミルクを殺すように命じるかもしれません……」
 智美の声は、強張っていた。
「あ、それはないと思います。まず第一に、犯人に仲間がいるとは決まったわけではありません。第二に、仲間がいたとしてもミルクちゃんのそばにいるとかぎりません。第三に、仲間がいてミルクちゃんのそばについていたとしても、取り押さえればそんな指示は出せません。どうです? 安心しましたか?」
 涼太がシャーロック・ホームズを気取っているつもりか、早口で推理を展開し得意げな顔で訊ねた。
「犯人は複数で、ミルクのそばにいて、取り押さえられなければどうするんですか!?」
 珍しく智美が、強い口調で涼太に詰め寄った。
「え? それは……その……ちょ……ちょっと、困った展開になりますね……」
 涼太が、しどろもどろになった。
「そんな無責任な計画で、ミルクが殺されたらどうするんですか!」
 智美が、涙声で叫んだ。
「あ、いや、そういう意味では……」
「大丈夫ですよ」
 必死に言い訳しようとする涼太を、天野が遮(さえぎ)った。
「たしかに、村田さんが言うように犯人は複数いて、ミルクちゃんのそばについているかもしれません。でも、僕達の追跡に気づいても犯人はミルクちゃんを殺すことはできません」
 天野が智美を直視し、断言した。
「なぜ、そう言い切れるんですか!?」
 智美の瞳には、まだ不信感が残っていた。
「保険だからです」
「保険?」
 怪訝(けげん)そうに、智美が鸚鵡返(おうむがえ)しした。
「はい。お金も手にしていない上に『TAP』に追われている状況で、ミルクちゃんを殺しても得することはなに一つありません。ミルクちゃんの命を盾にしているからこそ、犯人は優位に立てているんです。現に僕らは、犯人の言いなりに振り回されていますよね?ですが、ミルクちゃんの命を奪ってしまったら、五百万を手にできなかった上に犯人には僕達を従わせる術がなくなります。だから、もう一度仕切り直しをして、身代金の交渉をしてくるはずです」
 天野の説得力十分な説明に、智美が微かに安堵の表情を浮かべた。
 しかし、この天野の話も根拠はなく、智美をなだめているだけなのだろう。
「また、おいしいとこ持っていかれちゃったよ……」
 涼太が肩を落とし、力なく呟いた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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