ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その21
新堂冬樹『動物警察24時』

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「よかった……ミルクは危険な目にあわないんですね?」
 智美が、念を押してきた。
「百パーセントとは言い切れませんが、天野巡査が言ったとおりに身代金を手にするまでは、ミルクちゃんの命は安全だと思います。ただ、リスクがないわけではありません。殺されなくても剃毛(ていもう)されたようになんらかの虐待を受ける可能性、または、無関係の動物が見せしめのために被害にあう可能性は十分に考えられます」
 璃々は、正直に話した。
 希望を与えることと、欺くことは違う。
「じゃあ、やっぱり、犯人を追うのはやめてくださいっ」
 ふたたび、智美の表情が危惧と懸念に支配された。
「村田さん、ミルクちゃんを一日も早く救出したいですか?」
 璃々は、智美の瞳を射抜くように直視した。
「そんなの、あたりまえじゃないですか!」
 智美が憤然とした。
「だったら、多少のリスクは覚悟してください。身代金を渡したまま犯人を追わなければ、ふたたび探し出すのは困難になります。これまで犯人サイドからの一方的な接触ばかりで、身元を特定できそうな情報は皆無に等しく、間違いなく長期戦になります。それこそ、身代金を手にして目的を達成した犯人が、ミルクちゃんに手を出す可能性が考えられます。もう、私達と会う必要もありませんしね。でも、ミルクちゃんを返すとなると、なんらかの形で私達とコンタクトを取らなければなりません。電話やメールで指示を出すにしても、あなたの自宅マンションの近くに置き去りにするにしても、犯人サイドにはリスクが生じます。犯人サイドにとって最善の方法は、五百万を手にしたまま連絡を絶つことです」
 璃々は、厳しい口調で現実を突きつけた。
「そんな……」
 智美が絶句した。
「私達を信じ、気持ちを強く持ってください」
 璃々は、力強く言いながら頷いて見せた。
 五秒、十秒……璃々と智美は無言で見つめ合った。
 智美が肚(はら)を決めなければ、ミルクを救出することはできない。
 今回の事件を映画にたとえると、智美は主役で璃々達は監督であり演出家だ。
 素晴らしい脚本ができあがっても、監督の演出通りに主役が動いてくれなければ作品は成功しない。
「わかりました」
 三十秒が過ぎた頃に、ようやく智美が口を開いた。
「ありがとう、智美さん」
「北川さんを信じます。必ず、ミルクを助けてくださいっ。お願いします!」
 智美が、頭を下げた。
「村田さん、そんなことやめてください」
 璃々に促され顔を上げた智美の眼は、涙に潤んでいた。
「約束します。必ず、ミルクちゃんを助けますから!」
璃々は、伸ばした手を智美の肩に置いた。

 

 

 午後十一時五十分……約束の時間まで、あと十分となった。
 昨日と同じ宮益坂郵便局の前で、璃々と智美は犯人からの接触を待っていた。
 電話やメールが入るか、いきなり現れるかはわからなかった。
 どこかに移動させられるのか、この場で取り引きをするのか……どちらにしても、涼太と天野に速やかに無線で伝えねばならない。
 一番理想なのは犯人が単独で現れ、涼太か天野の待機する方面に逃げてくれることだった。
 逆に最悪なのは、犯人が複数で現れるか、もしくは電話であちこち移動させられることだ。
 前者は取り押さえるのが難しくなること、後者は尾行がバレるリスクが高くなることが理由だった。
 スマートフォンのバイブレーターが鳴り響いた。
「あ、すみません。私のほうです。電源を切るのを忘れてました」
 慌てて智美が、スマートフォンを取り出した。
「ママ、いま話せないからあとでかけ直すね」
 電話に出るなり一方的に言うと、智美は電源を切った。
「お母様?」
 璃々は訊ねた。
「はい。心配するといけないので、今夜のことは話していないんです」
「そうですね。事件が解決したら、私のほうからご両親に説明します」
「ありがとうございます。電源を切っておきますね」
「あら……」
 璃々の視線が、智美のスマートフォンの待ち受け画像で止まった。
「西宮翔のファンなんですか?」
 思わず、璃々は口に出していた。
「え? ああ……はい。ウチは、家族ぐるみで彼のファンです。西宮翔さんって、大の犬好きなんです。インスタグラムに、いつも愛犬との画像がアップされています」
 嬉しそうに、智美が口もとを綻(ほころ)ばせた。
 ついこのあいだ、動物虐待の容疑で璃々が拘束したと知ったら、さぞや驚くに違いない。
 もちろん、それを言うつもりはなかった。
 メールの通知音が鳴った。
 瞬時に、智美の顔が強張った。
「落ち着いて」
 璃々は、智美に頷いて見せた。
 智美が硬い表情で頷き、犯人との連絡用のスマートフォンを取り出した。
「なんて書いてあります?」
 璃々は、ディスプレイを覗(のぞ)き込んだ。

 

 零時十分に宮益坂下から車が坂上に向かって走ってきます。
 車は郵便局の前でスローダウンします。
 後部座席のドアが開くのを合図に、現金の入ったバッグを投げ入れてください。
 現金を確認した後に、愛犬の入ったクレートを置いた場所をメールします。
 くれぐれも、先日の繰り返しはしないようにお願いします。
 不審者の存在を察知したら、あなたの愛犬が身代わりに罰を受けることになります。

 

「あと、十五分後……車種が書いてありませんね」
 璃々は、犯人からのメールの文面を読みながら思考を巡らせた。
 用心深い犯人だ。
 車種が書いてないのは、万が一の張り込みに備えて特定されないようにするためだろう。
 現金を確認してからミルクの場所を知らせるというのも、単に偽札かどうかを疑っているだけでなく、尾行がいないかどうかをじっくり見極める時間を作るためだ。
 璃々は、犯人からのメールの文面を写真に撮り涼太と天野に転送した。
 犯人に現金を渡すまでは、どこで監視されているかわからないので無線でのやり取りは控えていた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

RANKINGランキング