ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その23
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/03/05

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「わざわざ足がつくようなことをするとは思えませんから、それはないでしょう。恐らく、なにかの意味で好都合な場所なんだと思います。もしかしたら、次にくる連絡でまた別の場所に移動させられるかもしれませんね」
「またですか!?」
 璃々は頷いた。
「昨日の件で、犯人サイドもかなり慎重になっているんだと思います。何ヵ所か転々とさせながら、大丈夫だと判断した時点で身代金の受け渡しをする気なんでしょう。餌をあげているか、訊きましたか?」
 璃々は、ずっと気になっていたことを訊ねた。
 今日で、ミルクが誘拐されて四日目になる。
 犯人は身代金の受け渡しの指示や剃毛した写真を送ってきただけで、ミルクの状態に関しては伝えてこない。
 危害をくわえていなくても、餌を貰っていなければ衰弱してしまうのだ。
「あ、いえ……気が動転しちゃって……」
「いま、メールで訊いてみたほうがいいです。できるなら、写真も送って貰ってください」
「それって……ミルクが死んでいるかもしれないってことですか?」
 智美が、蒼褪(あおざ)めた顔で璃々をみつめた。
「そうとは言ってません。でも、動物を虐待するような人間ですから、ろくに餌も水も与えてないことも十分に考えられますから」
 璃々は、極力、智美を刺激しないように気をつけながら言った。
 本人が言うように、基本的なことを訊くのを忘れるほどに智美はパニックになっているのだ。
 智美が、スマートフォンのキーを物凄いスピードでタップし始めた。
「送りました。ドッグフードをきちんと上げているかどうかと、いまのミルクの写真を送るように書きました」
「私は認定動物看護師の資格を持っていますので、写真をみればミルクちゃんの健康状態がある程度わかりますから」
 璃々が言い終わるのを待っていたかのように、犯人からのメッセージを告げるメールの通知音が鳴った。
 璃々は、智美のスマートフォンを一緒になって覗き込んだ。

 

 エントランスの右手にある、メイルボックスのエリアに移動して三〇五号室のポストを開けてください。

 

 犯人は、智美の質問に触れることなく新たに指示を出してきた。
「質問に答えないのは、ミルクが無事じゃないからでしょうか!?」
「まずは、指示されたメイルボックスを確認しましょう」
 璃々は智美を促し、メイルボックスのエリアに移動した。
「カギは開いてるのかしら……」
 璃々は呟きながら、下から三段目の……三〇五と書かれたメイルボックスの扉を引いた。
 扉は、懸念に反してあっさり開いた。
 中には、茶色の書類封筒が入っていた。
 足が付くので、メイルボックスは犯人に関係のある部屋のものではないだろう。
 であれば、事前にこのエントランスにきて、偶然に開いていたメイルボックスを探したのか? それとも、犯人が開けたのか?
 璃々は思考を止め、封筒からA4サイズの紙を取り出した。
 紙を裏返した璃々の瞳に映る写真に、息を呑んだ。

 

 羽を毟(むし)られ、薄桃色の地肌が露出したオウムの写真がカラープリントされていた。
 背後で、智美の小さな悲鳴が聞こえた。
 璃々は、写真の下にびっしりと並ぶ印字を視線で追った。

 

 我々は最初から、宮益坂郵便局前で零時三十分に身代金を受け取る車を出す気はありませんでした。
 昨夜のことがあったので、念のためにフェイクをかけてみたのです。
 怪しげなバイクを発見し、まさかと思いながらも尾行しました。
 そのバイクは、別のバイクに乗った男と合流しました。
 二人のバイクに乗った男は、我々についての会話をやり取りしていました。
 一度ならず、二度も約束を反故(ほご)にしましたね。
 写真のオウムは、以前誘拐していたストックのペットです。
 これがペナルティだと思わないでください。
 写真のオウムは前菜です。
 メインディッシュは、あくまでもあなたの大事なワンちゃんです。
 本意ではありませんが、悪いのは二度も約束を破って指定した以外の捜査員を張り込ませた「TAP」の職員です。
 恨(うら)むなら、「TAP」を恨んでください。
 料理法が決まったら、追ってご連絡します。

 

動物虐待団体

 

「どうするんですか……だから、尾行はやめてくださいって言ったじゃないですか!」
 耳もとで、智美が泣き喚(わめ)いた。
 たしかに、二度続けて張り込みがバレたことで、ミルクの身になにかがあれば自分の責任だ。
 だが、なにかがしっくりこない。
 責任逃れしたいわけではない。
 昨日も今日も、台本に書いてある役を演じさせられているような気分だ。
 犯人が愉快犯だろうことは、ほぼ間違いない。
 しかし、ただの愉快犯ではない。
 もっとなにか、屈折した感情が入り混じっているような気がしてならなかった。
 そのなにかが、なんであるかはわからない。
 わかっているのは、犯人は端(はな)から身代金など必要としていないということだ。
 もしかしたら、昨夜と今夜の取り引きは、犯人にとっては失敗などではなく、むしろ成功だったのではないか?
 つまり、璃々達は犯人サイドのシナリオに乗せられたのかもしれない。
 とすれば……。
 璃々の脳内に、いくつもの不自然なピースが浮かび上がった。
 ピースを一つずつ嵌(は)めてゆくと、様々な疑問が出てきた。
 もしかしたら……いや、それはない。
 しかし、可能性はゼロではない。
「ミルクの身になにかあったら、なにかあったら……」
 智美が、うわ言のように繰り返した。
「村田さん、私に考えがあります。これから一緒に、『TAP』にきてもらってもいいですか?」
「ミルクを助けられるんですか!?」
「私の勘が当たっていれば、ミルクちゃんは無事です」
 璃々は、智美の瞳を見据え頷いて見せると左手首を口元に近づけた。
「二人とも、至急、『TAP』に向かって。私と村田さんもすぐに行くから。どうぞ」
 涼太と天野に無線で指示を出した璃々は、智美の手を取りビルのエントランスを出た。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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