ミニチュアシュナウザーの虐待疑惑!? その27
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/04/02

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

 三〇一号室。エレベーターを降りた璃々は、老朽化した壁とアンバランスなブルーのペンキに塗り直されたドアの前で足を止めた。
「探偵社に、なんの用ですか?」
 涼太が、訝(いぶか)しげな顔で「西野ペット探偵社」のプレートに視線をやった。
 智美も泣き腫らした眼で、プレートをみつめていた。
「以前からの知り合いで、犯人の情報をいろいろと集めて貰っていたのよ」
 璃々は、説明しつつインターホンのスイッチを押した。
「それなら、うちにも『情報部』があるじゃないですか?」
 涼太が、予想通りの質問を口にした。
「部長にごちゃごちゃ言われたくないから。それに、汚いところだけど腕はいい……」
「汚いところで悪かったな。ドブネズミみたいな俺にお似合いだと思ってるんだろう?」
 璃々の言葉を遮るようにドアが開き、西野が憎まれ口を叩いた。
「あ……ごめんなさい。そんなこと、思っていません!」
 慌てて、璃々は否定した。
「冗談だ冗談。さ、入ってくれ」
 ヤニに黄ばんだ歯を剥(む)き出しに笑い、西野が璃々達を事務所内に促した。
 十坪ほどの事務所内は、スチールデスクと書庫とパソコンがあるだけの簡素な空間で、机上にはファイルや書類が散乱していた。
「俺は仕事があるから、奥のミーティングルームを好きに使っていいぞ」
 西野がデスクに座り、背後のパーティションの壁を肩越しに指した。
「ありがとうございます。失礼します」
 璃々、智美、涼太、天野の順でフロアの奥に進んだ。 
 パーティションで区切られただけの空間は五坪もなく、合成革のソファと傷だらけの木製テーブルが置かれているだけだった。
「なにがミーティングルームだよ……」
「こら。聞こえるわよ」
 呆れる涼太を、璃々が窘めた。
『もう聞こえてるぞ。嫌ならほかのところでやれ』
 パーティション越しに、西野の掠れ声が聞こえた。
「すみません! ほら、あんたも早く謝りなさい!」
 璃々は、涼太の後頭部を掌(て)で押した。
「申し訳ありません! 使わせてください!」
 涼太が、パーティションに向かって頭を下げた。
『わかればいい。以後、口に気をつけろや』
「はい! 以後、気を付けます!」
 言葉とは裏腹に、顔を上げた涼太がパーティションに向かって右の拳を突きつけた。
 璃々はため息を吐(つ)き、智美と向かい合う格好でソファに座った。
 場所を借りるだけならほかでもいいが、西野がいなければ進まない話なので追い出されたら困ってしまう。
 涼太が璃々の隣に、天野が智美の隣に座った。
「どうするつもりですか!? 早く犯人を捕まえてミルクを助けてください!」
 開口一番、智美が璃々に詰め寄ってきた。
「その話をするために、ここへきました」
 璃々は、落ち着いた口調で言った。
「ここにいたら、ミルクを助けられないじゃないですか!?」
 執拗(しつよう)に、智美が食い下がった。
「ご安心ください。ミルクちゃんは、もう無事です」
「えっ!?」
 璃々の言葉に、智美が眼を見開いた。
 驚いているのは、涼太も天野も同じだった。
「先輩っ、無事ってどういう意味ですか!?」
「ミルクちゃんを救出したんですか!?」
 涼太と天野が、矢継ぎ早に質問をしてきた。
「ミルクちゃんの無事が確認できたっていうことよ」
 璃々は、笑顔で涼太と天野に頷いた。
「こんなときに、そんなでたらめ言わないでください! 私を、からかっているんですか!?」
 智美が、血相を変えて言った。
「でたらめじゃありません。ミルクちゃんは無事……いいえ、最初から無事でした」
「最初から無事?」
 涼太が、鸚鵡(おうむ)返しに繰り返した。
「最初からミルクは無事って、それはどういう意味ですか!?」
「だから、最初からミルクちゃんは誘拐なんかされていなかったということです」
 璃々は、対照的に物静かな口調で言うと智美をみつめた。
「ミルクちゃんが誘拐されていない……あの、話が見えないんですけど」
 天野が、怪訝な顔を璃々に向けた。
「私を馬鹿にしてるんですか!? ミルクが生きるか死ぬかの危険な目にあっているときにそんな気休めを言うなんて……あんまりです!」
 智美の叫喚が、狭い事務所内に響き渡った。
「どうして、犯人が捕まってないと思うんですか?」
 璃々は智美の瞳を見据え、訊ねた。
「え……どうしてって……そんなこと、一言も言ってなかったじゃないですか!?」
「村田さんが驚くのは当然です。俺達にも、そんなこと言ってなかったじゃないですか?」
 涼太が、口を挟んできた。
「事情があって、あなた達には伏せていたの。悪かったわ」
 璃々は、涼太と天野の顔を順番に見ながら詫(わ)びた。
「事情って、なんですか?」
 天野が訝しげに眉根を寄せた。
「いま、説明するわ」
 言いつつ、璃々はバッグから書類封筒を取り出した――A4のコピー用紙を三枚、テーブルに並べた。
「これは……」
 涼太が、全身の毛や羽のないミルク、猫、オウムのカラーコピーの写真を見て絶句した。
「これ、どうしたんですか?」
 天野が訊ねてきた。
「プリントアウトしたの。これが、ミルクちゃんが誘拐なんてされていない証拠よ」
 璃々は、涼しい顔で言った。
「この写真は、犯人から送られてきた脅迫写真をプリントアウトしたものじゃないですか!? どこまで、私を馬鹿にすれば……」
「私、犯人が用意した村田さんへの指示用のスマートフォンを預かったことないですよね? なのに、どうやって猫の写真をプリントアウトできるんでしょうか? それとも、脅迫状のミルクの写真から文字だけを消してプリントアウトしたとでも?」
 熱(いき)り立つ智美を、璃々は質問で遮った。
「それは……」
 智美が言い淀んだ。
「どうやって、コピーしたんですか!?」
 涼太が、ミルクのカラーコピーを指差した。
「西野さん!」
 璃々が大声で呼ぶと、タブレットPCを手に西野が現れた。
「ほらよ。俺が見つけた」
 西野が得意げに言いながら、タブレットPCをテーブルに置いた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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