可愛がってくれる里親を待つ犬たち その1
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/04/30

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

可愛がってくれる里親を待つ犬たち

 

「里親希望の人ならば、誰でもいいというわけではありません。当センターで定めた里親資格九箇条をご説明します」
「TAP」の会議室での勉強会――動物愛護相談センターから派遣されてきた男性職員が、ロールスクリーンに映し出された文字に指示棒を当てた。
 今週の土日の二日間に亘(わた)って、「TAP」と動物愛護相談センターが合同で「譲渡会」を開くことになった。
 つまり、保護犬や保護猫に里親を見つけてあげる会を開催するのだ。
 勉強会には、「TAP」の捜査一部……犬猫専門の部署から部長の兵藤(ひょうどう)以下総勢十人が参加していた。
 長机が三列並び、兵藤は最前列に陣取り、璃々と涼太は三列目に座っていた。
 東京都では昭和五十八年には年間に約五万六千頭の犬猫が殺処分されていたが、平成三十年には悲願の「殺処分ゼロ」を達成した。
 引き取り手のない保護犬や保護猫を、動物愛護相談センターから譲り受け里親を募(つの)るボランティア団体の地道かつ献身的な活動なくしては、悲願は達成できなかっただろう。
 とはいえ、それはあくまでも東京都だけのデータであり、全国を見渡してみれば平成三十年度の殺処分数は犬が七千六百八十七頭で、猫が三万七百五十七頭となっている。つまり、全国ではいまだに四万頭近い犬猫が殺処分されているのだ。
「一つ目は、原則として都内の居住者で二十歳以上、六十歳以下の方です」
 男性職員が、指示棒で文面をなぞりつつ言った。
「未成年は保護者の許可がいるからわかるんですが、なんで六十歳以下なんですかね?」
 涼太が、小声で訊ねてきた。
「平均寿命が八十歳だとして、還暦を超えていると二十年ないわけでしょう? 犬猫も寿命が延びているから、高齢になって飼い始めると生涯飼育が難しいという判断よ」
「ようするに、六十歳以上だとペットより先に死んじゃう可能性が高いからだめってことですよね?」
「死んじゃうと決めつけているわけじゃないわ。生きてても、寝たきりとか身体に障害を抱えながらだと、犬や猫の世話どころじゃないでしょ? ペットの最期を看取(みと)るまで、健康体でいられるかどうかということを重要視しているのよ」
「ふ~ん、病んでいる人にこそ動物との触れ合いが大事だと思うけどな」
 涼太が、釈然としない顔で言った。
「だからって、餌も貰えず散歩も行けない状態になったらかわいそうでしょう? 生き物を飼うということは、それだけの責任と体力が必要になるのよ」
 璃々が諭すと、涼太が神妙な顔で頷(うなず)いた。
「第二に、現在、犬や猫を飼育していない方。保護犬と保護猫は幼少時代に社会性を身につけていない場合が多いので、先住犬や猫がいる場合に馴染めない可能性が懸念されます。第三に、家族に動物アレルギーを持っている方がいない方、第四に犬、猫の飼育を同居者全員が賛成している方。第五に最期まで責任を持って飼い続けることができる方、第六に経済的、時間的に余裕がある方、第七に動物に不妊去勢手術による繁殖制限処置を確実に実施できる方、第八に集合住宅、賃貸住宅の場合は、規制等で動物の飼育が許されている方、第九に、当センター主催の譲渡事前講習会を受講している方……いま挙げました九つの条件を満たしていることが、里親の条件です」
「保護動物を引き取るって、条件が厳しいんですね」
 涼太が、ため息を吐(つ)いた。
「さっきも言ったように、生き物はぬいぐるみやオモチャを買うのとわけが違うんだから、人間の勝手な都合で飼育放棄なんてしちゃだめなの。近年、保護犬、保護猫が妙なブームになっているから、ミーハー気分で里親になりたがる人が多いのよ。だから、入り口を絞る必要があるってわけ……っていうか、さっきからあんたさ、初めて聞いたみたいなリアクションだけど、『TAP』の研修のときに習ってるはずでしょ?」
 璃々は、涼太を軽く睨みつけた。
「あ、いや……俺は、過去を振り返らないタイプですから」
 涼太が、苦笑いしながらしどろもどろに言った。
「正当化しないの」
 璃々は呆れた顔で涼太をみつめた。
「……すみません。それにしても、村田智美にはびっくりでしたね」
 涼太が、話を逸(そ)らすように言った。

 ――翔君を愛犬の虐待容疑で逮捕したバカ女を懲(こ)らしめてやりたいから協力してほしいと、私から頼んだんです。犯人の振りをして私にメールを送信したり、電話をかけてくれるだけでいいからと。友人は言われたタイミングでメールを送っていただけで、文面は私が考えました。だから、友人は私に言われるがままメールを送信しただけなんです。

 脳裏に、一週間前の「説得室」での智美の声が蘇った。

――頼まれたから、メールを送っただけだから、というのは免罪符にはならないわ。その話を持ちかけられたときに、お友達は村田さんがなにをしようとしているかを察したはずよ。メールの内容だって読んだら、脅迫文だとすぐにわかるはずだし。止めるどころか協力した時点で、お友達もあなたと同罪よ。

 璃々は、敢(あ)えて厳しい言葉で戒(いまし)めた。
 出来心が、取り返しのつかない大事に発展することもある。
 最終的に逮捕しないまでも、こってりと油を絞っておく必要があった。
「あの二人を、ラブ君に引き渡さなくてよかったんですか? 誘拐と虐待はしていなくても、立派な脅迫ですよ?」
 涼太の訝(いぶか)しげな声が、回想の扉を閉めた。
 結局、翌日に協力者の友人も「説得室」に呼び、智美とともに油を絞り上げたのちに罪を不問にした。
「犯人を逮捕することも大切だけど、反省を促し改心させることのほうがもっと大事よ。身体を拘束しても、心まで縛り付けておくことはできないから。本当の意味で自分の犯した罪を悔い改めないと、自由の身になったら同じことを繰り返すわ」
「そんなもんですかねぇ」
「さあ、いまは、『譲渡会』の説明に集中しなさい」
 璃々は涼太を促した。
 彼は、講習会や勉強会の類(たぐい)を苦手にしていた。
「今週の土日は、まず、犬の『譲渡会』を行います。当日は『TAP』の本部ビル屋上を譲渡会場とし、三十頭の犬を集めます。雨が降った場合は、この会議室を会場とします。里親に名乗りを上げた方は、一週間後に『TAP』で面接して貰います。保護犬を引き取る気持ちに心変わりはないかどうかを確認し、問題なければ引き渡しの手続きに入ります。犬種と個体別の特徴と状況はお手元に配りましたプリントにもありますが、今回は五歳以上の小型犬と、中型犬以上の引き取り手の少ない条件の犬を中心に集めました」
 男性職員の言うように、「譲渡会」に登録してある保護犬は、中年期以降の小型犬とシベリアンハスキー、ジャーマンシェパードなどの中型犬以上がほとんどだった。
「このメンツは、きついですね……」
 涼太が、渋い顔で呟(つぶや)いた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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