可愛がってくれる里親を待つ犬たち その2
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/05/07

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「始まる前から、なに弱音吐いているの」
 窘(たしな)めはしたものの、涼太がそう言いたくなる気持ちもわかる。
 保護犬ボランティアセンターの引き取られた犬種別データを見ても、八割以上が一歳以下のトイプードル、ミニチュアダックス、シーズー、ミニチュアシュナウザーなどの人気の小型犬だった。
 その人気の犬種であっても、三歳を超えると一気に引き取り手が少なくなる。
 中型犬以上の成犬なら、なおさらだった。
 しかし、だからこそ、「譲渡会」では敢えて難度の高い条件の保護犬を扱うことに意義があるのだ。
「『譲渡会』の目的は、一頭でも多くの保護犬の里親を見つけてあげることですが、それと同じくらい重要なことは、里親希望者の方をしっかり見極めてほしいということです。理由は様々ですが、保護犬達のほとんどは飼い主に見捨てられた子ばかりです。残念な話ですが、里親の中には引き取ったあとにふたたび当センターに持ち込む方や、病気などで面倒を見ることができなくなった方が少なからずいらっしゃいます。里親希望者との面接の際は、生涯飼育できる方かどうかを性格面、健康面、経済面など様々な側面からチェックしてください」
「中型犬や成犬はただでさえ引き取り手が少ない犬達なのに、そんなに厳しくしたらなおさら里親なんて見つかりませんよ」
 涼太が、ため息交じりに呟いた。
「だからって、どんな人かよくチェックもしないで送り出して、また捨てられたらどうするの? 短い犬生の中で、この子達を何度も傷つけることになるのよ」
 璃々はそう返しながらも、複雑な気分になった。
 保護犬に幸せな生活を送らせてあげたいと思う反面、中型犬や成犬は里親希望の申し出を断ったら次に声がかかる保証はない。
 引き渡しに慎重になり過ぎて、保護犬は飼い主なしの犬生を送ることになるのかもしれないのだ。
 それで済むなら、まだましなほうだ。
 東京都以外の動物愛護相談センターでは、引き取り手のない保護犬には殺処分が待っていることもある。
 璃々達の判断に、保護犬の未来がかかっているのだ。
「ほかで引き取り手のない条件の犬を積極的に飼いたがる里親希望者には、一層の注意を払ってください。中には、募金を集める手段として同情を引くための客寄せ犬として利用する不徳な輩(やから)もいます。もちろん、純粋に通じるものを感じて手を挙げる方もいるでしょう。保護犬の一生にかかわる問題なので、そのへんのところよろしくお願いします」
「責任重大ですね~。でも、これって、保護犬ボランティアセンターのフィールドですよね? どうしてウチが……」
「なーにが、フィールドよ。それに、どこの保護犬ボランティアセンターも自分のところで預かっている犬の里親探しで手一杯……」
「こら、そこの二人、講習中だぞ。静かにしなさい!」
 最前列の兵藤が振り返り、璃々と涼太に注意を与えた。
「あなたのせいだからね」
 璃々は腹話術師のようにほとんど口を動かさずに言うと、涼太の脛(すね)を爪先で蹴った。
「痛っ……」
 慌てて口を掌(て)で押さえ悲鳴を呑み込む涼太の姿に、璃々は噴き出した。

 

 

「譲渡会」当日は晴天で、「TAP」の屋上に設置されたサークルに三十頭の保護犬がスタンバイしていた。
「やっぱり、なんだかんだでツートップは強いですね」
 涼太が、トイプードルとミニチュアダックスフントのサークルの前に群がる参加者を見て、感心したように言った。
 涼太の言う通り、人だかりが一番できているのは二種類の犬種のサークルで、次にミニチュアシュナウザー、シーズーと続いていた。
 小型犬は五歳を超えた成犬ばかりだったが、それでも中型犬の何倍もの人を集めていた。
 土曜日の午前中ということもあり、開始一時間も経っていないのに五十人を超える参加者で賑(にぎ)わっていた。
 午前中はゆっくりと保護犬達と触れ合って貰い、昼休憩を挟んだ午後一時から里親希望者との面談が始まる。
「TAP」と動物愛護相談センターの職員は、会場内の保護犬の世話をしながら参加者達の質問を受けつけていた。
「それに引き換え、お前らのところは寂しいなぁ」
 涼太が、中型犬のサークルを見渡しながら言った。
 中型犬エリアのサークルには、シベリアンハスキーが二頭、イングリッシュセッターが一頭、ジャーマンシェパードが一頭いた。
「この子達は、どうなるんですかね……」
 涼太が、同情に満ちた瞳で中型犬達をみつめた。
 璃々には、涼太の瞳の意味がわかった。
 土日の二日間で、この大きな保護犬達の里親が見つかるとは思えなかった。
 せめて、年が若ければ……。
 璃々は、保護犬リストに視線を落とした。

 〇ジョン(シベリアンハスキー・オス・四歳)備考 飼い主が病気で入院のため動物愛護相談センターに持ち込み
 〇キング(シベリアンハスキー・オス・三歳)備考 飼い主の会社が倒産したため動物愛護相談センターに持ち込み
 〇ロケット(ジャーマンシェパード・オス・四歳)備考 飼い主が海外に転勤のため動物愛護相談センターに持ち込み

「なにこれ……」
 璃々は、中型犬四頭目の備考欄で視線を止め絶句した。
 〇ハンター(イングリッシュセッター・オス・五歳)備考 猟期終了後に飼い主の猟師が山に置き去り
 璃々は眼を疑った。
「猟期終了後に飼い主の猟師が山に置き去り……ん? どういうことですか?」
 涼太も、リストの備考欄に書かれた理由を視線で追いながら訊ねてきた。
「ひどい……」
 リストを持つ手が、怒りにぶるぶると震えた。
「山に置き去りって、迷い犬ってことですか?」
 璃々は、きつく奥歯を噛み締め首を横に振った。
「山に捨てたってことよ」
 璃々は吐き捨てるように言いながら、ハンターのサークルの前に屈(かが)んだ。
 猟期が終われば山に野犬が増えるというニュースを、璃々は思い出した。
 東京都が管轄の「TAP」の職員で、都市部で活動する璃々には、猟犬の虐待事件を扱った経験はなかったが、いつかくるかもしれない日のために備えて資料を読み込んでいたので、かなりの知識があった。
 いつかくるかもしれない日……「TAP」の管轄が日本全国になったときには、猟犬を使い捨てにする不届きな猟師を片っ端から逮捕してやるつもりだった。
「え!? 猟師が猟犬を捨てるわけないじゃないですか? そんなことしたら、困るのは彼らですよ」
「猟期は毎年十一月十五日から、翌年の二月までのおよそ三ヵ月間よ。三月から十一月十四日までは禁猟期だから、猟犬の仕事はなくなるの。普通の飼い主なら、その間はペットとしてともに過ごすものだけど、彼らは違うわ。彼らにとってこの子達は愛するパートナーじゃなくて、ただの道具なの。それも、使い捨てのね」
 璃々は、ハンターの頭から首筋、背中にかけて優しく掌を這(は)わせた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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