可愛がってくれる里親を待つ犬たち その3
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/05/14

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

 ハンターは、璃々をじっとみつめた。
 その瞳には信頼も安堵(あんど)もなく、ただ、不安と哀しみの色が宿っていた。
 無理もない。
 信頼し、大好きだったご主人様からある日突然、山に捨てられたのだから。
「でも、次の猟期がきたらどうするんですか?」
 涼太もハンターの前に腰を屈めた。
「猟犬として訓練された成犬を買うのよ」
「そんなの不経済じゃないですか?」
「買うって言っても、仲間内だから十数万程度のものよ。禁猟期の八ヵ月半の飼育費を考えると十倍以上のお金がかかるわ」
「ひどい奴らだ……かわいそうにな」
 涼太が、ハンターの耳の下を揉(も)んだ。
「土日で、奇跡を起こしたいわね」
 璃々は、ハンターをみつめながら言った。
「よしっ! 俺、客引きやりますよ」
 涼太が手を叩き、勢いよく立ち上がった。
「頭がよくて手がかからなくて、番犬にもなるし頼りになりますよ~」
 涼太が、参加者に向けて声を張り上げた。
「馬鹿ね。水商売の呼び込みじゃない……」
「見てもいいですか?」
 璃々が涼太を止めようとしたときに、二十代と思(おぼ)しきカップルの男性が涼太に声をかけてきた。
 もしかしたら、夫婦なのかもしれない。
「もちろんです! あ、どうぞ。この子、ハンターって言います!」
「え……」
 涼太が向けた右手の先……サークルの中のハンターを見た男性の顔が微(かす)かに強張った。
「でかい犬ですね……怪我でもしたら大変だから、遠慮しときます」
 男性が、引き気味に言った。
「ぜーんぜん、怖くないですよ! ハンターは、優しい性格の鳥猟犬ですから」
 涼太が、満面の笑みでカップルの顔を交互に見た。
「ちょうりょうけんって、なんですか?」
 男性が、訊ねてきた。
「あの、ワンちゃんを飼おうと思って探しているんですけど」
 幼い男の子の手を引いた母親が、璃々に声をかけてきた。
「どういった犬種をお探しですか?」
 璃々は、母親に訊ねた。
「こういう大きな犬じゃなくて、トイプードルとかマルチーズとかがいいんですけど……」
 母親が、中型犬のサークルを指差しながら遠慮がちに言った。
「ママ、僕、この子がいい!」
 男の子が、シベリアンハスキーのキングのサークルの前に駆け寄った。
「翼(つばさ)っ、こっちにきなさい! こんな狼みたいな犬、危ないでしょ!」
 母親が男の子の手を引っ張り、逃げるように駆け出した。
「鳥猟犬というのは、鳥を見つけたら猟師に知らせたり、鉄砲を構えたら鳥を飛び立たせたり、撃ち落とされたら回収したり……猟師の眼となり手となり足となり、凄く優秀で頭のいい犬なんです!」
 涼太が、身振り手振りで熱弁した。
「いやぁ……ウチはマンションですし、庭とかないですから」
 男性が、苦笑いしながら言った。
「失礼ですが、ワンルームですか?」
「いえ、2LDKですが……」
「ああ、それなら大丈夫です! 一日一時間ずつの散歩を朝、夕二回して頂ければ、室内飼いでも大丈夫ですから!」
 手応えを感じたのか涼太が、声を弾(はず)ませた。
「一時間の散歩を二回!? そんなの、無理無理! それに、こんなに大きな犬を部屋で飼ったらめちゃくちゃにされちゃうわ。だいたい、鳥猟犬って、鳥を殺してくわえてくる犬でしょう?」
 女性が、早口に捲(まく)し立てた。
「いえ、先ほども言いましたが、猟師さんに鳥の位置を知らせ、飛び立たせ、撃たれて落ちた鳥をくわえて……」
「同じようなものよ。そんな残酷な訓練を受けた犬なんて、恐ろしくて飼えないわ。いつ、野性が目覚めて咬(か)みつかれるかわからないし。ねえ、健一、こんなかわいくない犬じゃなくてシュナウザーとか探そうよ」
 一方的に言うと女性が、男性の腕を取った。
「おい、待てよ」
 涼太が、女性を呼び止めた。
「なに?」
 女性が立ち止まり、怪訝(けげん)な顔で振り返った。
「ちょっと、涼太、あんたなにを……」
 璃々を押し退(の)け、涼太がカップルの前に歩み寄った。
「大きな犬が怖いのは構わない。家で飼えないのも構わない。小型犬が好きなのも構わない。でも、部屋をめちゃくちゃにされるとか、残酷な訓練受けてるとか、咬(か)みつかれるかもしれないとか、憶測でハンターの悪口を言うのはやめてくれ! いや、家で言うのは構わないけど、ハンターの目の前で言うのはやめてくれ! 犬は言葉がわからないけど、感じるんだよ! 自分は、嫌われてるって! これ以上この子達を傷つける権利は、誰にもない!」
 涼太の熱き訴えに、周囲の参加者、「TAP」と動物愛護相談センターの職員の視線が集まった。
「な、なによ……この人!? 失礼だわっ。健一、黙ってないでなんとか言ってやってよ!」
 女性が、血相を変えて男性をけしかけた。
「君、上司はどこです? 里親希望者の僕達にこんな態度を取って、ただで済むと……」
「上司は私です」
 璃々は、男性の言葉を遮りカップルの前に歩み出た。
「いまの彼の発言、聞いてたでしょ? 僕の彼女に吐いた暴言を、詫(わ)びて貰いましょうか?」 
 男性が腕を組み、謝罪を促してきた。
「先輩っ、謝る必要なんか……」
「あんたは黙ってなさい!」
 璃々は、涼太を一喝した。
「まあ、誠意が伝われば僕達もこれ以上の大事にする気はありませんから」
 璃々が無言で人差し指を立てると、カップルが訝し気な表情で顔を見合わせた。
「君はなにをして……」
「あんたらみたいな人間に、里親の資格なんてないの! こっちがお断りよ! さっさと出て行って!」
 璃々は啖呵(たんか)を切ると、立てた人差し指を屋上の出口に向けた。
 血相を変えて飛んでくる兵藤の姿が、視界の端に入った。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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