可愛がってくれる里親を待つ犬たち その4
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/05/21

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

 捜査一部のフロア内に、三度目の長いため息が響き渡った。
 ため息の主――デスクで渋面(じゅうめん)を作り腕組みする兵藤を見ながら璃々は、心でため息を吐(つ)いた。
 このまま、負のオーラをたっぷりと含んだ兵藤のため息をあと何回聞かされるのだろうか。
「北川君、中島君……」
 五回目のため息を吐き終わった兵藤が、ようやく口を開いた。
「君達は、自分がなにをやってしまったのか、わかっているのか? わざわざ『譲渡会』に足を運んでくれた保護犬の里親希望者に、暴言を吐(は)いたんだぞ? 動物愛護相談センターにたいして、『TAP』の面目を丸潰れにしたんだぞ!?」 
 兵藤の語気が、徐々にボルテージアップした。
「今回、俺は、悪いことをしたとは思ってません」
 涼太が、厳しい表情で正面を見据えたままきっぱりと言った。
「なんだと!? 私の話を聞いていたのか!? 里親希望者に暴言を吐いたことが、当然だと言いたいのか!?」
 兵藤が、生白い下膨れ顔を朱に染め涼太に詰め寄った。 
「当然だとは言ってません。ただ、あのカップルはハンターにたいして、鳥を殺して咥(くわ)えてくる訓練を受けた残酷な犬は恐ろしいとか咬(か)みつかれるとか、こんなかわいくない犬よりシュナウザーを探そうとか、ひどい言葉を吐きました。里親希望者への暴言もいけないことですが、人間のために尽くしてきたのに使い捨てにされ、傷ついたハンターにたいしての暴言も許せません!」
「中島君、それは、本気で言っているのかな?」
 兵藤が、怪訝(けげん)な表情で訊(たず)ねた。
「なにがですか?」
「君は本気で、里親希望者への暴言と犬への暴言を一緒にしているのかと訊(き)いているんだ」
「はい。そうですけど、逆に、部長はそう思っていないんですか?」
 涼太が、不思議そうに訊ね返した。
「北川君。君のほうから、なんとか言ってやってくれ」
 呆(あき)れたように、兵藤が璃々にバトンを差し出してきた。
「それはできません」
 璃々は、兵藤の瞳を直視しながら言った――バトンを拒絶した。
「ほう、なぜだね?」
 兵藤は必死に平静を装っているが、声はうわずり右目の下瞼が小刻みに痙攣(けいれん)していた。
「涼太の言うように、あのカップルは叱られて当然のことをしました」
「まさか、君も犬に暴言がなんちゃらとか言い出す気じゃないだろうね?」
「もしかして、部長は人間の気持ちは犬に伝わらないと思ってますか?」
 璃々は、質問を返した。
「犬に言葉はわからないだろう? それとも、君達二人は犬と会話できると言うのか?」
 兵藤が鼻を鳴らした。
「会話できますよ! ここでね!」
 璃々は、己の左胸を平手で叩いた。
「それは会話じゃなくて、なんとなく犬の気持ちがわかるってことだろう」
「そうです! 私達に犬の気持ちが伝わるように、あの子達にも私達の感情が伝わりますっ。人間と違って犬は言葉を話すことができないぶん、私達の感情の動きには敏感なんですっ。私達が楽しい気分になればあの子達もウキウキするし、私達が哀しい気分になればあの子達も心が沈むんですよ! それなのによく、動物を救い守る『TAP』の部長が務まりますね! どんなに残酷な言葉を浴びせかけても犬にはわからないから大丈夫だなんて、動物愛護の仕事に携わる者として恥ずかしくないんですか!」
 璃々は、マシンガンの勢いで兵藤を責め立てた。
「き、君は……誰にものを言っているのか、わかっている……」
「ええ、わかっていますとも! 犬なんか人間の気持ちが通じないから罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせても大丈夫だと考えている、『TAP』の風上にもおけない恥知らずな上司にものを言ってるんです!」
 璃々は、人差し指を兵藤に突きつけた。
「ちょっと……先輩、いくらなんでもそこまで言ったらヤバいですよ」
 涼太が慌てて、兵藤を指差す璃々の手を下ろした。
「いいのよ! こんなわからず屋には、これくらい言わないと響かないんだから!」
 璃々は涼太の手を振り払い、ふたたび兵藤に人差し指を突きつけた。
「わ、わからず屋だと……」
 兵藤が、わなわなと唇を震わせた。
「話がないなら、これで失礼します! 行くわよ!」
 璃々は一方的に言うと、涼太の腕を掴み引き摺(ず)るように出口に向かった。
 デスクワークをしていた職員達の、心配そうな視線が璃々に注がれた。
「始末書じゃ済まないからな!」
 背中を追ってくる兵藤の屈辱に震える声を無視して、璃々はフロアを出た。
「先輩、待ってくださいっ、まずいですって。戻りましょう」
 廊下に出て十メートルほどで、璃々は足を止め振り返った。
「あなたは戻って、私のぶんまで謝りなさい」
「え……」
「私なら大丈夫。所長の覚えがいいから、あの保身部長がクビにしようとしても却下されるわ。涼太は問題を起こしても所長が揉み消してくれるほどの貯金がないから、ちゃんと謝ってくるのよ」
「先輩、もしかして、屋上でも部長の前でも、俺を守るためにわざとあんなふうに悪者になってくれたんですか?」
 涼太が、驚きの表情で璃々をみつめた。
「悪者は、あのカップルと保身部長よ。私は、正しいことを言っただけ。でもね、私達は公務員だから、ときとして正義の剣で自分を傷つけてしまうことがあるのを忘れないで。だけど、涼太には動物にたいしてのその気持ちを、いつまでも持ち続けてほしいわ。私達は公務員である前に、物言えぬ弱い立場の動物達を守る使命を背負っているんだから」
 璃々の言葉に、涼太の眼にみるみる涙が浮かんだ。
「なに泣いてるのよ。そんなに弱虫じゃ、ワンコやニャンコを守れないぞ。ほら、早く、私の尻拭いをしてきなさい!」
 璃々は涼太を回れ右させ、お尻を叩いた。
「ちょっと、パワハラですよ!」
 泣き笑いの表情で振り返った涼太が、ふたたび璃々に向き直り深々と頭を下げると捜査一部のフロアへと駆けた。
 璃々は涼太の背中を見送り、「譲渡会」の行われている屋上に向かった。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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