可愛がってくれる里親を待つ犬たち その5
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/05/28

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

 

「TAP」本部の屋上は、里親希望者で溢(あふ)れ返っていた。
「譲渡会」二日目の日曜日は、土曜日よりも参加者の数が五割増しに増えていた。
「相変わらず、人気が偏ってますね」
 トイプードルやチワワのサークルの周囲に集まる参加者達に複雑な視線を送りつつ、涼太がため息を吐いた。
「ほら、そんな暗い顔しない。この子達にも、不安が伝わっちゃうでしょ?」
 イングリッシュセッターのハンター、シベリアンハスキーのジョンとキング、ジャーマンシェパードのロケットのサークルの前に屈(かが)む璃々は、涼太を窘(たしな)めた。
「ですね。よーし! お前ら、安心しろ。残り物には福があるって言うだろ?」
一転して陽気な口調で涼太が、手を叩きながら四頭の中型犬を励ました。
「あなたって、本当に単純ね」
 璃々は、呆れた顔で涼太を見上げた。
 だが、それが涼太のいいところでもあった。
「それに、残り物っていう表現は微妙ですね」
 不意に、聞き覚えのある声がした。
 振り返った視線の先――笑顔で歩み寄ってくる青年は、天野だった。
 警察の制服ではなく、ワイシャツにデニム姿というカジュアルな出で立ちなので一瞬わからなかった。
「ラブ君じゃない。私服なんて珍しいわね。今日は、どうしたの?」
 璃々は訊ねた。
「非番なので、『譲渡会』の様子を見に来ました」
「ここは、関係者か保護犬の里親希望者がくるところなんだよ」
 涼太が、意地悪っぽく言った。
「あれ? 僕は北川さんのバディのつもりでいるんですけど?」
 天野が、にこやかに返した。
「なに勝手なことを言ってるんだ!? 先輩のバディは俺だよ!」
 涼太はムキになって言い返した。
「ほらほら、そうやってすぐに相性の悪い犬と出会った小型犬みたいに、キャンキャン吠えるのはやめなさい」
「小型犬って……」
 璃々に窘められた涼太が、肩を落とした。
「やっぱり、大きなワンちゃんは不利なんですか?」
 中型犬のサークルに視線をやった天野が訊ねてきた。
「そうね。大きくても若いゴールデンやラブラドールだったら希望者はいるんだけど、成犬……それも五歳を過ぎるとほとんど手は挙がらないのが現状ね」
「この子は、なんていうワンちゃんですか? 変わってますね」
 天野が、ハンターの前で腰を下ろした。
「イングリッシュセッターも知らないのか?」
 涼太が、小馬鹿にしたように言った。
「だって、僕は人間相手の警察ですから、ワンちゃんには詳しくないですよ」
「イギリスのイングランド地方原産の猟犬よ。猟のシーズンだけ働かせて、禁猟期になったら使い捨てにされたかわいそうな子よ」
「えっ、本当ですか? 信じられないな……」
 天野が、悲痛に顔を歪(ゆが)めた。
「世の中、自分だけよければって人間が大勢いるんだよ。自分も同じように親に使い捨てにされたら、どんな気持ちになるかを考えてみればいいんだ。そしたら、こんなひどい仕打ちはできないはずさ」
 涼太が吐き捨てた。
「この子は、何歳ですか?」
 ハンターのサークルの前に屈んだ天野が、璃々を見上げた。
「五歳よ」
「五歳? まだ、若いじゃないですか」
「ラブ君は、なんにもわかっちゃいないな。犬の大きさによって幅はあるけど、人間で言うと、一年間で小型犬はだいたい四歳ずつ、中型犬はだいたい七歳ずつ、大型犬はだいたい十歳ずつ年を取るんだ。つまり、大型犬になるほどに年を取るスピードが速くなる。ハンターは中型犬だから、人間で言えば四十二、三歳くらいかな」
 涼太が、得意げに語った。
「そんなに? 僕より、遥かに年上なんですね」
 天野が、驚いた顔をハンターに向けた。
「でも、一つ疑問なんですけど、どうして成犬は人気がないんですか? 子供だと小さくてかわいいからですか?」
 天野が、不思議そうに訊ねてきた。
「それもあるだろうけど、人間も大人に近づくほどに自我が強くなって親の言うことを聞かなくなるでしょう? あとは、介護の問題も大きいわね。年を取ると人間と同じで身体が弱ってくるし、病気に罹(かか)る率も高くなるし。そうなると手間もお金もかかるから、成犬は敬遠されるのよ」
 璃々は会話の内容とは裏腹に、ハンター、ロケット、キング、ジョンの顔を笑顔で見渡した。
 ネガティヴな波動は、すぐに伝わってしまうからだ。
「僕には、わかりませんね。だって、子犬を飼ってもいずれは老犬になるわけでしょう?  そのワンちゃんを大事に思っていれば、成犬になってから出会って、弱ったり病気になっても、愛情を持って面倒を見られると思いますけどね」
「みんながみんな、ラブ君みたいな責任感のある優しい人間ならいいんだけどね」
「いや……そんなたいしたものじゃないですよ」
 璃々が言うと、天野がはにかみながら謙遜した。
「口ではなんとでも言えるからさ。ラブ君が保護犬を飼うっていうなら話は別だけど」
 涼太が、相変わらずの意地悪な口調で言った。
「あ、そのことなんですけど、僕、犬を飼ってみようかなって思っているんですよ」
「え!? ラブ君、どういうこと!? 犬嫌いって言ってたじゃないか!?」 
 涼太が素頓狂(すっとんきょう)な声で問い詰めた。
「犬が嫌いなんて言ってないですよ! 犬を飼った経験がなくて、特別に興味がないっていうようなことを言っただけです」
 天野が、慌てて訂正した。
「同じようなもんだろ。だいたいさ、興味がなかったのにどうして急に犬を飼おうなんて気になったんだよ? もし、先輩の前でいい格好しようとしてるならやめたほうがいい。犬を飼うのは、そんなに簡単なものじゃないからさ」 
「まさか。でも、北川さんの影響を受けたのはたしかです」
「私の?」 
「はい。『TAP』で北川さんのお手伝いをしているうちに、僕は思いました。彼女は、どうしてここまで動物のために自分を犠牲にできるんだろう、って。身代金の五百万を上司が出してくれないから自分で用意するなんて、信じられませんでした。だって、もしかしたらお金が戻ってこなかった可能性もあるんですよ。それなのに、北川さんには微塵(みじん)の迷いもなかった。もし、僕が人間の誘拐事件を担当して同じような状況になっても、人質を救うために身銭を切るなんてできません」
「でも、ミルクちゃんのときは親にまで借りてお金を用意してくれたじゃない」
「俺も出しましたよ!」
 璃々が言うと、すかさず涼太がアピールした。
「僕がお金を出したのは、北川さんの熱意に打たれたからですよ。彼らに無償の愛を注ぐ北川さんを見ているうちに、僕もそんな人間になりたいと思ったんです。そしたら、警察官として一回り大きな人間になれるんじゃないかって」
 天野が、少年のように輝く瞳で言った。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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