可愛がってくれる里親を待つ犬たち その6
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/06/04

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「単純なところは、涼太にそっくりね」
 璃々は噴き出した。
「一緒にしないでくださいよ。けど、ラブ君は一人暮らしだろ? 誰が面倒見るんだよ?」
 涼太が、璃々から天野に視線を移した。
「僕、来月から実家に戻ることにしたんです。両親も年ですから、心配ですし」
「実家なら、安心ね。で、どんなワンちゃんを飼いたいの?」
「大きな犬で成犬は貰い手がないって言ってたから、この子達にしようかな」
 天野が、四頭の中型犬を見渡しながら言った。
「え!? この子達って、まさか四頭とも全部!?」
 璃々は、思わず頓狂な声で訊ね返していた。
「はい、四頭とも全部です」
 天野が、涼しい顔で頷(うなず)いた。
「マジに言ってんの!? ラブ君、自分の言っていることがわかってるのか!? ハスキー二頭にシェパードとイングリッシュセッターの多頭飼いだぜ!? たとえるなら、若葉マークの免許取り立てが、フェラーリ、ポルシェ、ベンツ、BMWを乗り回すような無謀なことだぜ!?」
 涼太が、裏返った声を張り上げた。
「ええ、わかってますよ。実家は10LDKですし、庭もこの屋上くらいのスペースがありますから」
「じゅ……10Lって……」
 涼太が毒気を抜かれたように、二の句を失った。
「そう言えば、ラブ君の実家はお金持ちだったものね」
「お金の力に物を言わせていい格好してさ……」
「僻(ひが)まないの」 
 小声でぶつぶつと文句を言う涼太を、璃々は窘めた。
「だけど、お金とスペースがあっても中型犬を四頭も飼うのは大変よ。ご両親は、犬を飼った経験はあるの?
 璃々は訊ねた。
 小型犬と違い、身体の大きな犬はじゃれついただけで相手を怪我させることがあるので、きちんとした躾(しつけ)が必要だった。
「昔、豆柴を飼ってました」
「豆柴って……」
 天野が言うと、涼太が噴き出した。
「でも、ご安心ください。同期に警察犬のトレーナーがいて、彼に訓練をお願いしているんです」
「なるほど、それなら安心ね。ラブ君は、最初は頼りない優柔不断な青年だと思ってたけど、印象がまったく変わったわ。男子力UPよ」
 璃々が言うと、天野が頬を赤らめた。
「あ~あ。俺も、資産家の家に生まれたかったな~」
 やけくそ気味に言う涼太に、璃々と天野は顔を見合わせ笑った。
「もう、なにがおかしい……」
「北川先輩!」
 涼太の声を遮り駆け寄ってきたのは、「通報室」の二宮小百合だった。
 動物虐待などを目撃した市民からの連絡を受けるのが「通報室」の業務なので、小百合が呼びにきたときには緊張が走る。
「どうしたの?」
「『通報室』に相談者がいらっしゃっていますので、お願いできますか?」
「行くわよ」
 璃々は涼太を促し、出口に駆けた。

 

3

 

 中央の防音壁で仕切られた二十坪のスクエアなフロア――手前の応接室のソファには、三十代と思(おぼ)しきスーツ姿の男性が座っていた。
 防音壁越しの奥のフロアでは、インカムをつけた十二人の所員が通報者の対応をしていた。
「佐々木さん、捜査一部の方がお見えになりましたよ」
 璃々、涼太、天野を先導した小百合が声をかけると、スーツ姿の男性……佐々木が立ち上がり、名刺を差し出してきた。

 

  富士桜銀行桜新町支店 融資部
  主任 佐々木一仁

 

「捜査一部の北川と申します。どうぞ、お座りください」
 璃々はID手帳を佐々木に掲げ、着席を促した。
「あ、部外者の方は立ち入り禁止……」
「いいの。彼はウチに協力してくれている代々木署の天野巡査だから」
 天野を追い出そうとしていた小百合を、璃々は制した。
「早速ですが、佐々木さん、今日はどういったご相談ですか?」
 璃々は、本題に切り込んだ。
「ウチの、父のことなんです」
「お父様が、どうかなさいましたか?」
「私はいま、妻と子供と上用賀に、父は実家の八王子で一人で暮らしています。五年前に母が病気で先立ってから、父はすっかり元気をなくしてしまって。朝から晩まで縁側でボーッとして、そんな生活を送っていたら認知症になるんじゃないかと心配していました。ある日、父の様子を見に行ったら柴犬くらいの大きさの二頭の雑種犬がいました。近所の一人暮らしのおじいさんが飼っていた犬らしいのですが、急に入院することになって、それで父が引き取ることにしたそうです。まあ、番犬にもなるし、なにより父が生き生きとし始めたのでほっと胸を撫(な)で下ろしていました。ところが、犬を飼うことにすっかり嵌(は)まってしまったのか、父は近所で犬が生まれたら引き取り、捨て犬をみつけるたびに連れ帰るようになり、一年で十頭にまで増えていました。古い平屋建てですが、田舎なので敷地だけは広くて十頭の犬を飼っても全然余裕でした。もちろん、世話は大変になりますが、父は十頭の犬達の散歩や餌やりを嬉々としてこなし、以前よりも若返った感じでした。ですが……」
 佐々木の顔が曇った。
「もしかして、近所の住民を咬んだとかですか?」
 遠慮がちに涼太が訊ねた。
「いいえ。そういうトラブルはないのですが、父の噂を聞きつけた人達が飼えなくなった犬を次々と持ち込み、中には敷地に捨てて行く心ない人々もいました。そんなことが続き、二年目には二十頭を超え、三年目には四十頭になり、いまでは五十頭を超えています。最初のうちはフィラリアや狂犬病のワクチンを受けていましたが、数が増えるに連れ資金的にも回らなくなりました。父一人では世話できず、交尾で生まれた子犬や捨て犬で数はどんどん増え続けました。衛生面も劣悪で、異臭や犬の吠え声などの騒音で近所から抗議が相次ぎ、ついには市や動物愛護相談センターの職員が犬の引き取りの交渉を始めました。ですが、父は頑(かたく)なに応じません。このままでは強制立ち退(の)きなど、大事(おおごと)になりそうで……」
 佐々木が不安げに言うと、肩を落とした。
「多頭飼育崩壊ね……」
 璃々は深刻な表情で呟(つぶや)いた。
「そうなる前に、『TAP』の方のお力をお借りしたいんです。なんとか、父を説得して頂けませんか? お願いします!」
 佐々木が、テーブルに手をつき頭を下げた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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