可愛がってくれる里親を待つ犬たち その7
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/06/11

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「佐々木さん、顔を上げてください」
「では、お力になってくれるんですね!?」
 佐々木の瞳が輝いた。
「もちろんです。ただ、佐々木さんには、一つだけ覚悟して頂かなければならないことがあります」
 璃々は、佐々木をみつめた。
「なんでしょう?」
 佐々木が、不安げな声で訊ねた。
「説得して、もし、応じて貰えない場合はお父様を拘束……最悪、逮捕ということもありえます」
「逮捕……」
 佐々木が絶句した。
「はい。ほとんどの多頭飼育崩壊はペットへの愛と善意から始まることが多いんです。ですが、感染病の巣窟になったり餌が行き届かなかったり、犬達に精神的、身体的苦痛を与えていることから虐待であるのも事実です。尤(もっと)も、もし、佐々木さんが今日の話をなかったことにしてほしいと言われても、お父様の多頭飼育崩壊の話を聞いた以上、捜査を取りやめるわけにはいきませんが」
 璃々は、厳しい口調で告げた。
 過去に何度か多頭飼育崩壊の現場に立ち会ったことがあるが、そのどれもが悲惨な状態だった。
 夏になれば食べ残しや零(こぼ)れた餌が腐臭を放ち、ハエやウジがたかっている。
 散歩も連れて行って貰えないストレスからそこここで犬同士が喧嘩し、交尾し、劣悪な環境下で多頭の犬達が唸(うな)り、吠えている。
 ひどい場合、飼い主に気づかれずに死んで数日経つ犬の死体が放置されている。
「わかってます。そのときは……覚悟を決めています」
 佐々木が、言葉を絞り出すように言った。
「わかりました。では、早速ですが、現場に案内してください」
 言いながら、璃々は席を立った。
「いまからですか!?」
 佐々木と涼太が、ほとんど同時に驚きの声を上げた。
「多頭飼育崩壊は、一分一秒が勝負なの。さあ、行きましょう。小百合ちゃん、部長に報告をお願い! 涼太、車を回して!」
 璃々は佐々木を促し出口に向かいつつ、小百合と涼太に指示した。
「僕も行きます!」
 天野が、璃々達のあとを追ってきた。

 

 

「TAP」の専用バンは、くねくねと曲がる路幅の狭い山道を登っていた。
 陽が落ち、あたりは薄暗くなっていた。
「あとどのくらいですか?」
 パッセンジャーシートに座る璃々は、リアシートを振り返り佐々木に訊ねた。
「もう、数分ってところです。四、五十メートルほど進むと右手に蕎麦屋の看板が見えます。看板を過ぎてさらに二、三十メートルほど進めば、左手に田畑の広がる集落が現れますから」
 佐々木の言葉通りに、蕎麦屋の看板が見え、さらに進むと左手に田畑と集落が現れた。 
「左折してください」
 涼太が左にハンドルを切り、バンは砂利道に入った。
「あれが実家です」
 佐々木が、フロントウインドウ越しに瓦屋根の平屋建てを指差した。
 車の気配を察したのか、複数の犬の吠える声が聞こえてきた。
 隣の家との距離は五十メートル以上離れているが、吠え声の合唱が日常的に聞こえるのはつらい状況だ。
 バンが建物の前でスローダウンすると、犬達の吠える声がボリュームアップした。
 車を降りた途端に、排尿、排便、腐った餌が混じったような異臭が鼻をついた。
「うわっ、臭っ……」
 涼太が鼻を摘まんだ。
「これは凄いですね……」
 璃々と同じにハンカチで口と鼻を押さえる天野が、金網越しに出迎える二十数頭の犬達に圧倒されていた。
 平屋建てを囲むように金網が張り巡らされており、建物とは一、二メートルほどしか離れていないので、動物園の檻(おり)が目の前にあるような感じだ。
 犬達はシェパードの雑種、ハスキーの雑種、柴犬、トイプードル、ラブラドールレトリーバーの雑種、パグ……小型犬から中型犬まで、様々な犬種がいた。
 伸び放題の雑草、そこここに垂れ流された糞尿、食べ散らかされた肉片とドッグフード、コンビニ弁当のプラスティックの器、缶ビールの空き缶……金網越しにも、劣悪な飼育環境であることが一目でわかった。
「裏庭のほうには、まだ、倍以上の犬がいますから」
 佐々木は言いながら、奥へと歩を進めた。
 移動する璃々達に、犬の群れが並走するようについてきた。
「お父様は?」
 璃々は、気になっていることを訊ねた。
「部屋で飲んだくれてるんでしょう。父は最近では、犬の世話もろくにしなくなりましたから」
 佐々木が、諦めたような投げやりな口調で言った。
「じゃあ、この子達の世話は誰がやっているんですか?」
「私が雇ったボランティアが、週に三回ほど世話にきてます」
「たったの三回!?」
 璃々は、あまりの驚きに大声を張り上げた。
「みんな、仕事を持っている者ばかりなので、週三でもお願いするのは大変なのです」
 佐々木が、苦渋の表情で言った。
「でも、週に三回では五十頭を超える犬達の世話は十分ではありません。しないよりましという言い方もできますが、栄養失調、感染症の蔓延(まんえん)、異物、毒物の誤嚥(ごえん)に拍車がかかります。誤解してほしくないのは、佐々木さんの行為が無駄だと言っているのではなく、この状況が続くなら即座にこの子達を保護する必要があるということをお伝えしたかったのです」
「この先を見て頂くのが、怖いですよ」
 佐々木が、硬い表情で言いながら裏庭へと先導した。
「えっ……」
「嘘だろ……」
 角を曲がった瞬間に広がる光景に、天野と涼太が絶句した。
 じゃれ合い、また、喧嘩する二十数頭の犬達の足元で四頭の犬が倒れていた。
 中型犬の成犬が二頭と小型犬の子犬が二頭……四頭とも、横になっているが腹部が上下しているので生きてはいる。
 金網越しに見ても、肋骨が浮き痩せ細っているのがわかった。
 単なる栄養失調なのか、感染症や怪我で体力を失っているのか……とにかく、一刻を争う事態であるのはたしかだ。
「涼太、ガムボーンは携行してる?」
「はい、ありますけど……どうしてですか?」
「何本?」
 璃々は、質問に答えず涼太に訊ねた。
「十数本はあると思います。まさか……」
 涼太が顔を強張(こわば)らせた。
「私も十本持ってるから、なんとか足りそうね。ラブ君、車からクレート二個と台車を二台持ってきて! ここを開けてください!」
 璃々は、天野から佐々木に視線を移した。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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