可愛がってくれる里親を待つ犬たち その8
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/06/18

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「中に入る気ですか?」
「ええ」
「いまはやめといたほうがいいですよ。ほら、あの状態ですから」
 佐々木が指差す先――ハスキーの雑種とラブラドールレトリーバーが互いに牙を剥(む)き、シェパードの雑種とポインターが取っ組み合い、秋田犬と紀州犬が威嚇(いかく)し合っていた。
 喧嘩をしている犬の周囲では、十数頭の小型犬がハイテンションに駆け回っていた。
 興奮は、犬から犬に伝染するのだ。
 裏庭のスペースにいる二十数頭の犬は、みな、危険なテンションだった。
「だからといって、あの子達を見殺しにするわけはいきません」
「先輩、佐々木さんの言う通りですよ。もうちょっと彼らのテンションが落ち着いてからじゃないと、咬まれちゃいますよ」
 涼太が及び腰になるのも無理はない。
 シェパードや秋田犬が本気で襲いかかってきたなら、命さえ落とす危険性がある。
「だからガムボーンを用意するんじゃない」
「ガムボーンって……せめて、スタンガンを携行しませんか?」
 涼太が、縋(すが)るような瞳で訴えた。
「私が持ってるから安心して」
 璃々は、腰から提げている警棒型のスタンガンを掌(て)で叩いてみせた。
「あ、自分だけずるいですよ! どうして、携行するように言ってくれなかったんですか!?」
「馬鹿。私だって使わないわよ。これは、もしものときのために牽制用の目的だから。五十万ボルトの火花と放電音で、犬達は驚いて逃げるのを研修のときに習ったでしょ?」
警察官が、相当な危険が迫らないかぎりは威嚇や恐怖で発砲してはならないように、「TAP」もスタンガンを動物に使えるのは命にかかわる状況に直面したときだけだ。
 この場合は、唸って牙を剥いたくらいではスタンガンは放電威嚇に留(とど)め、電極を犬に当ててはならない。
 当てていいのは、動物に飛びかかられたときだけだ。
 そのための訓練は、研修の際にプログラムに組み込まれていた。
 襲撃役に警察犬のシェパードやドーベルマンを使った、実戦さながらの授業だった。
 かなりの度胸が必要になるが、それくらい厳しく規制しなければ動物を虐待から守るのが使命の「TAP」が、過剰防衛で虐待する所員が続出するという笑えない状況になってしまう。
「それは知ってますし、俺だって使わないですよ。ただ、丸腰じゃ不安過ぎますよ!」
「涼太に襲いかかろうとする子がいたら、私が追い払ってあげるから大丈夫よ。それに、あなたに持たせたらパニックになって当てちゃう可能性があるからさ」
「俺って、信用ないんですね」
 涼太が肩を落とした。
 かわいそうだが、これも涼太を守るためだ。
 捜査中に恐怖に駆られて犬の命を奪ったりしたなら、保身の塊の兵藤に睨(にら)まれ「TAP」にいられなくなってしまう。
 それだけではない。
 捜査中に犬を殺したりしたら、TAPの捜査員はマスコミにとって格好のターゲットになる。
 連日ワイドショーや週刊誌に叩かれ、世間を敵に回す恐れがあった。
「いまは、そんなことでがっかりしてる場合じゃないでしょ? あの子達を救出することだけ考えなさい」
「わかってますけど、命あっての物種……」
「持ってきました!」
 クレートを載せた二台の台車を押しながら、天野が駆け寄ってきた。 
 璃々はすぐさまクレートの扉を開け、筒状に丸められ詰め込まれていた衣服を取り出した。
「はい、二人ともこれを着て!」
「この服、なんですか?」
 天野が、衣服を広げつつ怪訝そうに訊ねてきた。
「あ! 防護服だ!」
 涼太の顔が輝いた。
「ああ、そうだ! さっき話した、同期の警察犬トレーナーがこういうのを着てました」
 天野が、思い出したように言った。
「そう、犬訓練士用のトレーニングアウターよ。ジャンパージャケットとパンツは、防刃素材の下に分厚いパッドが入っているから、大型犬の犬歯でも貫通しないわ。ワイヤーの入った詰襟で首がガードしてあるから頸動脈も守られているし、革の防護手袋を嵌めれば顔以外は大丈夫ってわけ」
 早口で言いながら、璃々はレディースサイズのトレーニングアウターを制服の上から身に着け防護手袋を装着した。
「これがあるなら、早く言ってくださいよ~」
 涼太もトレーニングアウターを身に着けつつ、安堵(あんど)の表情を見せた。
「いい? 段取りを指示するわよ。倒れているのは体重二十キロから二十五キロ相当の中型犬の成犬が二頭、体重三キロから五キロ相当の柴犬の子犬が一頭、体重一キロから二キロ相当のトイプードルの子犬が一頭の合計四頭よ。金網の中に入ってすぐにラブ君は涼太のガムボーンを五、六メートル先に全部バラ撒いて。その間に、私と涼太は中型犬二頭を台車に載せて、トイプーと柴ちゃんの子犬をクレートに入れる。そのまま、すぐに金網の外に出るの。この子達の容態をチェックするのは、外に出てからよ」
「でも、先輩、ガムボーン作戦に引っかからない犬が襲いかかってきたらどうするんですか? いくら防護服を着てても、顔はがら空きですから」
 璃々は無言で警棒型のスタンガンをウエストホルダから引き抜き頭上に掲げると、スイッチを押した。
 バリバリバリ! という小さな雷のような放電音が、青い火花を散らせながら空気を切り裂いた。
「これで私が牽制するから、あなた達はその隙にワンコ達を運び出してちょうだい」
「そんなの、だめですよ! 先輩が頭とか顔とか咬まれたらどうするんですか!」
 涼太が、血相を変えて訴えた。
「私を誰だと思ってるの? 『TAP』の花形捜査一部のエース、北川璃々よ!」
 璃々は芝居がかった口調で言うと、ウインクした。
「北川さん、僕も彼と同じ意見です。これでも一応警察官の端くれだし、防護服も身に着けたし、スタンガンは僕が……」
「勘違いしないで! あなた達の任務も私と同じくらいに危険で難易度の高いものよ。人の心配をする前に、自分達に割り当てられた任務を完遂しなさいっ。佐々木さん、早く開けてください!」
 まだなにか言いたそうな涼太と天野に先手を打つように、二人がトレーニングアウターを身に着け終わったのを確認し、璃々は佐々木にゴーサインを出した。
「カギは開けましたよ。本当に、大丈夫ですか?」
 南京錠を手にした佐々木は、不安げな顔で璃々を振り返った。
「ありがとうございます。佐々木さんは、危ないから下がっててください」
 璃々は佐々木と場所を入れ替わり、金網の扉の把手(とって)に手をかけた。
「二人とも、用意はいいわね!」
 スタンガンを右手に先頭に立った璃々は、背後の涼太と天野に声をかけた。
 怖くないと言ったら嘘になる。
 だが、恐怖以上に、倒れている四頭を救いたかった……そして、劣悪な環境でストレスを溜め込んでいる犬達すべてを……。
 使命感に背中を押された璃々は金網の扉を静かに開け、犬達を刺激しないようにゆっくりと足を踏み入れた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

RANKINGランキング