可愛がってくれる里親を待つ犬たち その9
新堂冬樹『動物警察24時』

ryomiyagi

2020/06/25

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

 璃々がサークル内に足を踏み入れた瞬間に、喧嘩していた犬や威嚇(いかく)し合っていた犬の注目が集まった。
 ハスキーの雑種が牙を剥(む)いて唸(うな)り出すのに倣(なら)い、ポインター、シェパードの雑種、ラブラドールレトリーバーの中型犬が、璃々達を威嚇し始めた。
「ヤバいっすよ~。完全に、アウェー状態じゃないですか……」
 涼太が、震える声音(こわね)で言った。
 天野は、蒼白な顔で固まっていた。
「情けない声を出すんじゃないわよ。この子達に恐怖が伝わるでしょ。私達は敵じゃないからね~」
 璃々は涼太を窘(たしな)め、ハスキーの雑種に笑顔で語りかけた。
 右手に持っていたスタンガンを、璃々はウエストホルダーに戻した。
 できるだけ、彼らを刺激したくはなかった。
 かといって、涼太や天野のように恐れるのもだめだ。
 犬は人間の感情を獣の本能で察知し、より攻撃的になるのだ。
 人間の恐れが伝わり、強気になるからではない。
 逆だ。
 犬は、人間が楽しいと楽しい気分になり、哀しいと哀しい気分になる。
 それと同じように人間が恐れると犬も恐怖心に駆られ、身を守ろうとするのだった。
「大丈夫よ。安心して。私達は、あなた達を助けにきたのよ」
 璃々は続けて、ハスキーの雑種に語りかけた。
 先陣を切って攻撃の意思を見せたハスキーの雑種がボスだと、見当をつけたからだ。
 犬は群れで生活する動物で、完全なる縦社会だ。
 ボスが従えば、ほかの犬もそれに倣う。
 ハスキーの雑種は相変わらず激しく牙を剥き、威嚇を繰り返した。
「ほら、これ、なんだかわかる?」
 璃々は言いながら、ハスキーの雑種に左手に摘まんだガムボーンを見せた。
 ハスキーは威嚇しながらも、ガムボーンに興味を示した。
「おいしいおやつだよ~。いい子にしてくれたら、一杯あげるからね~」
 言いながら、璃々は天野に目顔で合図した。 
 天野が、両手に持った十数本のガムボーンを五、六メートル先に放り投げた。
 ハスキーの雑種を先頭に、シェパードの雑種、ポインター、ゴールデンレトリーバー、小型犬の十数頭がガムボーンに向かって走った。
「行くわよ」
 涼太を促し、璃々は台車を押しながら倒れている四頭の犬に駆け寄った。
「大丈夫? いま、助けてあげるからね」
 璃々は言いながら、ラブラドールレトリーバーの雑種を台車に載せた。
 肋骨が痛々しく浮き出るほど痩せているので、小型犬並みに軽かった。
 涼太も、ほぼ同じタイミングで焦げ茶と灰色の斑(まだら)模様の中型犬を抱き上げていた。
「頑張るのよ」
 次に、テリア系の雑種を慎重に抱え、クレートに入れた。
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ」
 涼太が、プードル系の雑種の内股に中指と薬指を当てて脈を取っていた。
「それはあとって言ったでしょ! 早くクレートに入れて!」
 璃々は涼太を叱責した。
「北川さん……」
 天野のうわずった声――璃々は、振り返った。
 約五、六メートルほど離れた場所で天野が棒立ちになり、五頭の犬に囲まれていた。
 みな、大きく舌を出しパンティングしていた。
 荒い息遣いは興奮して体温が上昇している証(あかし)なので、刺激するような行動は危険だ。
 原因は、天野の右手だ。
「ラブ君、ガムボーンを遠くに投げて!」
「わ、わかりました……」
 肩が委縮していたのだろう、ガムボーンは天野の足もとに落下した。
 五頭の犬が、天野の足もとで唸り合いながらガムボーンを奪い合った。
「うわっ! 助けて……」
「大声を出しちゃだめっ。慌てないで、悠然と立ってて!」
 璃々は天野に命じた。
 興奮状態の動物にやってはいけないことは、とにもかくにも刺激をすることだ。
 璃々は指笛を吹いた。
 五頭の犬が、弾(はじ)かれたように璃々のほうを向いた。
 璃々は、彼らの視線が集まっているうちに一本だけ持っていたガムボーンを十メートル以上先に投げた。
 五頭が、競い合うようにガムボーンを追った。
「いまのうちにサークルの外に出て!」
 璃々は天野に指示しながら、クレートを片手に台車を押して出口に向かった。
「先に行って」
 あとに続いていた涼太を、璃々は促した。
 ガムボーンがなくなったのか、ハスキーの雑種を先頭に十数頭の犬達が猛然と追いかけてきた。
 襲いかかってきているわけではなく、餌を貰えると思っているだけだ。
 だが、ハイテンションになった中型犬はじゃれついているつもりでも、ひ弱な生き物であるヒトが大怪我をするケースは珍しくない。
 涼太と出口までの距離は十メートルほどで、背後に迫る犬達と璃々の距離は二十メートルを切っていた。
 璃々は立ち止まり、回れ右をした。
「北川さん、危ないですよ!」
 天野が叫んだ。
「先輩っ! 早く! 早く!」
 異変に気付いた涼太が振り返り、璃々に手招きした。
「私は大丈夫だから、あんたは早く出なさい!」
 璃々は涼太に命じ、ゆっくりと腰を屈(かが)め犬達に背中を向けた。
「先輩っ、なにしてるんですか! 早く、スタンガンを抜いて! スタンガンですよ、スタンガン!」
 サークルの外に脱出した涼太が、必死の形相で訴えた。
 背中を向けたのは、眼を合わせないためだ。
 犬にとって正面から見据える行為は、戦闘開始を意味する。
「これ以上、人間に不信感を抱かせたくないの」
 璃々は、ケージ越しの涼太と天野に物静かな口調で言った。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! 先輩!」
「そうですよ! 咬(か)まれちゃいますよ!」
 涼太と天野が、悲痛な声で叫んだ。
 彼らの気持ちはわかる。
 最初は、璃々もスタンガンを使うつもりだった。
 だが、唸っているとき、吠えているとき、牙を剥いたときの彼らの瞳を見て気が変わった。
 お腹減ったよ、散歩に連れて行ってよ、身体に触れてよ、名前を呼んでよ……彼らの瞳は、そう訴えていた。
 身の危険を感じたからといってスタンガンで威嚇をしたら、彼らはもっと傷ついてしまう。
 そこここから、荒い呼吸が聞こえた。
 生温かい息が、首筋や頬を撫でた。
「私は、あなた達の味方だから。あなた達を救いにきたのよ」
 犬達に背を向けたまま、璃々は優しく語りかけた。
 様々な色の様々な大きさの鼻が、璃々の身体中に押しつけられた。
「早く行ってあげないと、あなた達の仲間の命が危ないの。みんな、わかるよね?」
 璃々は、背中を向けたまま祈るような気持ちで語りかけ続けた。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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