可愛がってくれる里親を待つ犬たち その11
新堂冬樹『動物警察24時』

BW_machida

2020/07/09

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「黙れ……黙れ……」
 耳を塞(ふさ)ぎ、老人が屈み込んだ。
「とりあえず、この子達を連れて行きますね。ほかのワンちゃんのことは、また、ご連絡しますから。では、お父様をよろしくお願いします」
 璃々は老人から佐々木に視線を移し言い残すと、台車を押した。

 

 

 五坪ほどのスクエアな空間に向い合わせに置かれたオフホワイトのソファ、壁にかけられた様々な犬の写真、低く流れるヒーリングミュージック……「TAP」の「待機室」に、璃々、涼太、天野が入ってまもなく三十分が経つ。
「待機室」は、併設されている動物病院でペットが治療を受けている間、飼い主や関係者が待つ場所だ。
 もっとも、「待機室」に通されるのは生死にかかわる状態のペットの付添人だけだ。
「あの子達、大丈夫っすかね?」
 璃々の隣に座っている涼太が、不安げに訊(たず)ねてきた。
「この程度でへこたれるような子達なら、とっくに息を引き取っていたと思うわ。あの劣悪な環境で放置されても生きてたんだもの。絶対に大丈夫」
 璃々は、自らにも言い聞かせた。
 死んではいけない。
 あの子達はこれから、たくさん愛情を受けて、たくさん散歩して、たくさんおいしいものを食べるのだ。
 哀しんだまま……苦しんだまま、死なせることは絶対にできない。
「それにしても、びっくりしました。あんなに熱(いき)り立っている大きな犬達に囲まれても動じないなんて。やっぱり、動物警察の人は凄いって改めて感じました」
 璃々と涼太の対面のソファに座る天野が、しみじみと言った。
「私だって、内心は焦っていたわよ」
「でも、結局、スタンガンも使わなかったじゃないですか? 僕には、とても真似ができません」
「そりゃあ、ワンコ達がガムボーン目当てに群がっただけで蝋人形みたいに蒼白になって固まってたビビリ君には無理だよね~」
 涼太が、天野を茶化した。
「たしかに、返す言葉がありません。本当に、恐怖でなにもできませんでした」
 天野がうなだれた。
「ラブ君さ、いま頃後悔してるんじゃない? ハンター達を四頭も引き取るって大口を叩いたこと」
「こらこら、からかわないの。私達と違ってラブ君は犬と接した経験が圧倒的に少ないんだから、あの状況で固まるのは仕方ないわよ。それに、あそこにいたワンコ達は日々のストレスと空腹で気が立っていたんだから、ハンター達とは違うわ。第一、あんただって声を震わせて怖がってたじゃない」
 言いながら、璃々は残してきた犬達に思いを馳(は)せた。
「TAP」に戻る車内から、佐々木に電話をして餌と水をあげることとサークル内を清潔にするように頼んだ。
 璃々達がいなくなったあと、老人は一言も喋(しゃべ)らずに部屋に引き籠(こも)ったという。

 

 ――母のことを言われて、ショックを受けているようです。まあ、これで昔を思い出して元の父さんに戻ってくれればいいんですが……。
 ――明日、もう一度伺います。どちらにしても、あの子達はいったん保護します。その後、お父様が改心してくだされば、飼育可能な頭数をお戻しすることも検討します。

 

 佐々木とのやり取りが脳裏に蘇り、璃々は暗鬱(あんうつ)な気分になった。
 今日の様子なら、相当に抵抗するに違いない。
 できることなら、妻に先立たれて生きる意欲を失った老人に、希望と活力を与えてくれた犬達を奪いたくはなかった。
 だが、いまの老人では犬達の生きる意欲と命を奪ってしまう結果になる。
 それは、犬達にとってはもちろん、老人にとっても悲劇だ。
 遅くとも二、三日中には、心を鬼にして強制保護に当たる決意を固めていた。
 本当は明日の朝一番にでも佐々木家の犬達を保護したいが、あれだけの頭数なので受け入れ態勢を整えなければならない。
 まずは、犬達を保護する人員を動物愛護相談センターなどに協力を仰ぎ揃えることだ。
 約五十頭ほどいたので最低でも人員は十人、保護犬を搬送するバンも五、六台は必要になる。
 一番大事なのは、保護犬を預かってくれる施設の確保だ。
 「TAP」にも保護動物の飼育スペースを設けているが、それはあくまでも受け入れ施設が決まるまでの一時的な場所だ。
 保護犬施設のように、里親が決まるまで飼育するシステムとは根本的に違う。
「TAP」は虐待や災害から動物を救うのが目的であり、里親を見つけるのが仕事ではないのだ。
「僕も、今回のことでいろいろと反省しました。犬を飼うということは自分以外の命を全うさせなければならない……北川さんの犬達への愛情溢れる接しかたを見ていて、改めて感じました。なので、ハンター達四頭を天野家に迎え入れるまで、家族とよく話し合い役割分担を決め、万全の態勢で寄り添っていきたいと思いました。まずは専用のドッグトレーナーさんを雇って貰えるように、父さんに頼んでみます」
 天野は、犬を飼うことを嫌になるどころかさらなる強い意欲を持ち、保護犬達に向き合う覚悟をしていた。
「あ~あ。お金持ちはいいよな~。庶民は、専用のドッグトレーナーどころかドッグフードの値段も気にしながら買うっていうのに」
「拗(す)ねないの。お金があっても、犬への気持ちがなければできないことよ」
 璃々は涼太を窘めた。
「それより、あのじいさん、おとなしく従いますかね?」
思い出したように、涼太が訊ねてきた。
「私の思いが、通じてくれていればいいんだけど」
 璃々は、物憂(ものう)げな表情で呟(つぶや)いた。
「奥様への愛が、犬達への愛を思い出させてくれるか……ですよね?」
 天野に、璃々は頷(うなず)いた。
「お酒の飲みすぎで依存症みたいになってましたから、期待しないほうがいいっすよ。パチンコ店とかで、玉が出ないからって店員に絡んだり台を蹴飛ばしている酔っ払いと同じですよ」
「こら、またそんなこと言う」
 璃々は、涼太を睨(にら)みつけた。
「でも、そのへんは僕も気になっています。息子さんを傘で殴りつけるような、不安定な精神状態ですからね」
 天野が、眉間に深刻な縦皺(たてじわ)を刻んだ。
「最善はおじいちゃんに改心して貰うことだけど、どちらにしても、いったんはワンコ達を保護しなければならないわ。いま、生死を彷徨(さまよ)っているあの子達のことを考えると、どんな理由も免罪符にはならないから」
 璃々は、厳しい表情で唇を引き結んだ。
「息子さんから聞いたおじいさんの背景を考えると少しかわいそうな気もしますが、物言えぬ犬達が苦しんでいる様子を目(ま)の当たりにした以上、仕方ないですね」
 天野が、悲痛に顔を歪(ゆが)ませた。
「みんなでこうして待ってても仕方ないから、あの子達の受け入れ態勢を整えましょう。涼太は、動物愛護相談センターと提携している保護犬施設に片端から電話して、交渉してちょうだい。ラブ君は、いまから私と一緒につき合ってくれる?」
 璃々は思い直し、二人に指示を出した。
 四頭の容態の安否は気になるが、ここで寄り集まっていてもなんの力にもなれない。
 獣医師には獣医師の命の救い方があるように、「TAP」の捜査員には別の救い方がある。
「どこに行くんですか?」
 天野が怪訝(けげん)な顔で訊ねた。
「佐々木さんのところよ」
「え? まだ、保護の手筈(てはず)は整ってないですよね?」
「佐々木さんに世話を頼んだけれど、心配だから様子見と、それから、もう一度おじいちゃんを説得しようと思うの」
「なるほど。いきなり大人数で強制保護に行くより、事前交渉をしてみる価値はありますね」
「そういうことなら、俺がお供しますよ! おじいちゃん、逆上してハスキーとかシェパードとかけしかけてくるかもしれないでしょ? そしたら、ラブ君は固まっちゃって使い物にならないから僕が……」
「あんたには受け入れ施設の確保をお願いしたでしょう? さすがにそれは、『TAP』の所員じゃなければ無理だから」
「そりゃそうですけど……」
「大丈夫ですよ。僕に任せてください。もう、さっきみたいな情けない姿は見せません。万が一なにかがあったら、僕が責任を持って北川さんを守りますから」
 天野が、璃々と涼太を交互に見ながら言い切った。

 

(つづく)毎週木曜更新中

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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