可愛がってくれる里親を待つ犬たち その14
新堂冬樹『動物警察24時』

BW_machida

2020/07/30

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない!
そんな人の心がひとつの組織となった。
動物を身を張って守る、それがTAP——東京アニマルポリスなのだ。

 

 

「デマかどうかは、調査すればわかります。確認もしないうちにリストから外すことはできません」
 璃々は、強い意志の宿る瞳で兵藤を見据えた。
 どれだけ兵藤に睨(にら)まれても、ここは譲れない。
「言っただろう? 君と議論する気はない。これも命令だ」
「そんな理不尽な命令には従えません。私達『TAP』の使命は、動物の命を守ることです。調査もせずにリストから外して、デマじゃなかったらどうするんですか!?」
 璃々は、臆せずに心のままを口にした。
 上司からの圧力に屈して動物の命の危険に背を向けることなど、できはしない。
 会議室に、衝撃音が鳴り響いた。
 デスクを掌(てのひら)で叩いた兵藤が立ち上がり、下膨れ顔を朱に染め唇を震わせていた。
 捜査員の驚いた視線が兵藤に集まった。
「とにかく、『セレブケンネル』はリストから外すんだ。命令に従えないときは、君を解雇するっ。わかったか!」
「解雇したいなら……」
「わかりました! 『セレブケンネル』はリストから外します! 先輩には、僕から言い聞かせますから!」
 涼太はそう言うと、璃々の手を引き会議室を出た。
「なにするのよっ。離しなさい!」
 璃々は、涼太の腕を振り払おうとした。
「あれ以上反論したら、本当にクビになってしまいますよ!」
「私は、クビになるようなことはなにもやってないから!」
「わかってます! 俺だって、腹が立ちますよ! でも、いつになく強硬な態度だったし、『セレブケンネル』に立ち入り検査したら困ることがなにかあるんですよっ」
「困ることって、なによ!?」
「それはわかりませんけど、とにかく、部長の立場が悪くなるなにかがあるはずです。とにかく、先輩は過去の貯金で部長に睨まれていますから、今回は大人しくしていてくださいね」 
 涼太が、幼子に言い聞かせるように璃々を諭した。
 璃々はスマートフォンを手に取り、登録したばかりの番号を呼び出しタップした。
「どこにかけてるんですか?」
 涼太の問いかけに答えず、璃々はコール音に耳を傾けながら目まぐるしく思考を巡らせた。
 たしかに、涼太の言う通り今回の兵藤はいつにも増して強硬な姿勢だった。
 保身の塊の人間だから、触れてほしくないなにかが「セレブケンネル」にはあるに違いない。
 もちろん、璃々にしても、なにもなければ立ち入り検査などするつもりはなかった。
 しかし、奇(く)しくも「セレブケンネル」はリストアップした中で最も通報が多く、加えて匿名がほとんどの中、実名を出して立ち入り検査をしてほしいと訴えてきた女性がいた。
『もしもし?』
 五回目のコール音の途中で、若い女性の声が流れてきた。
「先輩、誰に……」
「もしもし、三吉智咲(みよしちさ)さんですか?」
 涼太を遮るように、璃々は女性に確認した。
『はい、そうですけど……失礼ですが、どちら様でしょうか?』
 女性……三吉智咲が、訝(いぶか)しげな声で訊(たず)ね返した。
「失礼しました。私、『東京アニマルポリス』の北川と申します。通報室に港区赤坂の『セレブケンネル』の件で連絡を頂きましたよね?」
『あ、はい。私が連絡しました』
「突然で申しわけないんですが、いまから少しお時間を頂けませんか? 場所を指定してくだされば、どこへでも伺いますから」
「ちょっと、先輩!」
 璃々は、涼太から逃げるようにスマートフォンを耳に当てながら足を踏み出した。
 背後から、涼太が追ってくる気配があった。
『いまからですか?』
「はい。三吉さんの通報内容が事実なら、一刻も早く立ち入り検査をしなければなりませんから」
『あの、私が通報したということは……』
「大丈夫です。情報源を明かすことはありません。それに、『セレブケンネル』には三吉さん以外にも数多くの通報が入ってますから」
 璃々は、智咲の不安を拭い去るように力強く約束した。
『わかりました。じゃあ、私のいまのバイト先が溜池山王(ためいけさんのう)なので、駅前のカフェとかでもいいですか?』
「もちろんです。いまから一時間以内に到着できます。カフェはどこにしますか?」
『駅前の外堀通り沿いに「ピンクフラミンゴ」というカフェがあります。私も、一時間あれば向かえます』
「了解です。では、後ほど」
 電話を切った璃々は、エレベータに乗った。
「先輩っ、立ち入り検査なんてダメですよ!」
 閉まりかけた扉を、涼太が肩でこじ開け飛び込んできた。
「立ち入り検査に行くんじゃなくて、通報者の女性に会いに行くのよ」
「その人に会って話を聞いたら、立ち入り検査をするんでしょう!?」
「事実だったら、そうなるわね」
 エレベータが地下駐車場に到着し、扉が開いた。
「ほら! やっぱり、そうなるじゃないですか!」
 璃々は足を止め振り返ると、涼太と向き合った。
「逆に訊(き)くけど、犬達が虐待されているとわかっても見て見ぬふりをする私でいてほしいの!?」
 璃々は、涼太に詰め寄った。
「そりゃあ、俺だって、いまのままの先輩が一番好きですよ! でも、その大好きな先輩がクビになるのは耐えられないっすよ!」
 涼太が、潤む瞳で璃々をみつめた。
 まっすぐで純粋な後輩の思いが、璃々の胸を打った。
「ありがとう。涼太の気持ちは嬉しいよ。でもね、私達が耳を澄まさないと、物言えぬ子達の心の叫びに誰が気づいてあげるの? これが、私の生き方なの」
 璃々は、一言一言に思いを載せて言った。
 涼太に言うのと同時に、己にも言い聞かせた――組織の一員である前に、一頭でも多くの弱い立場の命を救う人間であると誓った初心を忘れないように……。
「わかりました。じゃあ、俺も行きます!」
「だめよ。あなたは、会議に戻りなさい」
「先輩は、犬達が虐待されているとわかっても見て見ぬふりをする俺でいてほしいんですか!?」
 涼太が、ニヤリと笑った。
「一本取られたと言いたいところだけど、先輩として後輩を巻き込むわけには……あ、待ちなさい!」
 涼太が駐車してある「TAP」専用車に走った。
「先輩を守るのも後輩の役目だと思ってますから!」
 してやったりの顔で言い残し、涼太は専用車のドライバーズシートに乗り込んだ。

 

 

「お話しする前に、改めて確認してもいいですか?」
「ピンクフラミンゴ」という店名のイメージとは違い、オフホワイトのインテリアで統一されたシンプルな店内――テーブルの対面に座る三吉智咲は、ショートカットで小柄なボーイッシュな女性だった。
 悪戯ではないことの証明に確認した運転免許証で、智咲が璃々と同年代だとわかった。
「情報提供者の名を明かさない、ですよね?」
 璃々が言うと、智咲が頷(うなず)いた。
「疑っているみたいで何度もすみません。オーナーは、凄く怖い人で……」
 智咲のティースプーンを持つ指先が、声音同様に微(かす)かに震えていた。
「もしかして、『セレブケンネル』のオーナーってこっち系の人ですか?」
 涼太が、人差し指で頬に線を描くようにして訊ねた。
「え? ああ、ヤクザさんではありません。オーナーの怖さは、性格です」
 智咲が、強張(こわば)った顔の前で手を振った。
「どういうところが怖いんですか?」
 璃々は軽い口調で訊ね、アイスティーをストローで吸い上げた。
 喉は渇いていなかったが、友人同士でお茶しているようなリラックスしたムードにしたかった。

動物警察24時

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。
『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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