第一話 新宿の朝(7)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 終電を逃して、また取り残された。ポケットを探ったけど、金は無い。映画館へも深夜喫茶へも行けやしない。ああ、また路上で寝るのか……。
 ぽつ、ぽつ、と水滴が当たる。雨が降り出した。雨足が強くなり、すぐにどしゃ降りになる。私は駆け出した。軒先へと避難する。
 扉が開いた。
「おい、ここは雨宿りの場所じゃねーぞ。シッ、シッ、失せろ、野良犬野郎!」
 恐い顔のオヤジに怒鳴りつけられる。私は逃げ出した。たちまち、ずぶ濡れだ。ビニール傘も買えない。道端に捨てられた傘を探したが、見つからなかった。
 たった一人だ。
 ここには……私の場所なんか無いんだ。
 びしょ濡れになって、道の端っこにしゃがみ込み、ひざを抱えてふるえていた。
「まあ」
 女の声がした。赤いハイヒールが見える。顔を上げると、赤いコートと、赤いくちびるが、にじんでいる。女は、濡れた私の髪をなぜた。
 タクシーを止めて、後部座席へと引っぱっていく。ぷんと香水の匂いがした。どれほど走ったろうか? 車から降りて、鉄の階段を引きずられるようにして昇り、女の部屋へと入った。バスタオルをもらって、頭を拭いたが、ぼうっとする。ベッドの上に倒れた。
「まあ……ダメよ」
 女は、濡れた私の服を脱がせる。裸になった。女もまた裸だ。抱き締められた。やわらかくて、あたたかい。ああ、これが女か。名前も知らない女の肌か。
 初体験だった。男になったとか、女を知ったとか、言うのかな? 道端でひろわれて。まるで野良犬みたいに。
 あの女は……新宿だったんじゃないか。
 パリが女であるように。
 私は新宿と寝たんだ。
 ぼうっとした頭で、そんなことを考えていた。

 

 十八歳になり、十九歳になった。私も成長したが、新宿の街も変貌していった。
 ディスコブームが起こり、週末の夜には若者たちが大挙して押し寄せる。サタデーナイト・フィーバー! とかなんとか騒いでいた。かつての学生運動やヒッピーくずれのような汚れた連中ではない。みんなキラキラ、チャラチャラと着飾っていた。時代が街を消毒し、若者を清潔にする。夜の学園祭みたいだった。歌舞伎町のコマ劇場前、広場にある噴水には、真夜中に酔っ払った大学生たちが奇声を上げて何人も飛び込んだ。
 そんな様を、ディスコのボーイのバイト帰り、疲れきった私は冷ややかに見つめていた。
 この街も変わったな。かげりのある暗い女が、急に光を浴びて、脳天気に明るい表情を身につけたように。
 インベーダーゲームのテーブルを何十台も並べた喫茶店やゲームセンターが次々できて、百円玉を積み上げて遊ぶ子供らがいた。モニターの光に無表情な顔を照らされていた。そう、歌舞伎町インベーダーズの群れ!
 電子音が鳴りやまず、やがて、それはテクノポップのピコピコ音へと変調する。風営法なんてまだない。子供たちは夜になっても遊び続けた。

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

RANKINGランキング