第一話 新宿の朝(10)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 ある朝、起きて、洗面所へと行く。
 ぎょろっとした目で、赤ら顔の男がそこにいた。
 父だ。
 いや、鏡に映った自分の顔だった。愕然とする。ああ、おやじの死んだ歳を越してしまった。いつの間にか。
 上京して四十数年が過ぎた。結婚もせず、子供もいない。いまだに一人暮らしだ。十代の頃と何も変わらない。なんてこった。もう、五十代も終わろうとしているのに……。
 鏡に映った父とよく似た男に、話しかける。
「とうとう父親になれなかったな。なあ、おまえの人生って、何だったんだよ?」

 

 今夜も呑んだ。新宿のバーで。そう、三十数年前、あの男が連れてきてくれた店だ。
 結局、“文学”はやらなかった。いまだフリーライターだ。作家とどう違うって? 作家は「家を作る」と書くけど、ライターは作れない。借りるだけだ。
 “借家(しゃっか)”と呼んでみようか?
「ごめんよ」
 ぽつりと言って、小柄な老人が入ってきた。黒いハットをかぶり、白い手袋をつけている。
 東部進先生だ。
 久しぶりだな。この店では随分と顔を見ていない。
 かつて深夜の生討論番組によく出ていた。舌鋒するどい論客だった。六〇年安保の闘士とやらで「東部さんは、あの樺美智子の恋人だったとも言われていますが……」と司会者が水を向けると、血相が変わり、「馬鹿野郎、嘘を言うな!」と怒鳴りつけて退席してしまった。普段は温厚な老紳士だが、時折、カッとなってぶちきれる。
 十年ほど前、週刊誌の編集者と呑んでいた。結婚間近の男だ。おめでとう、と言うと、首を傾げる。
「おめでたい……かな? 結婚なんてさ、まあ、合法的売春みたいなもんだから」
 半笑いで編集者がそう言うと、「えっ?」と隣席から声がした。東部進先生だ。我々の会話を小耳にはさんだらしい。けわしい表情をしている。
「何を言うんだ、おまえさん。一人の女を本気で愛することもできない男が、編集者なんかできるのか!」
 一喝した。
 うわっ、かっこいい、東部ススムだ……と目を見張った。
 ちょうどその後、「こんな店、二度と来てやるか!」とぶちきれて、東部先生が出ていったという。「いったい何を怒ってらっしゃるのか、わからないのよ」とママも困惑顔だ。実際、それから十年ほども東部先生は件のバーに顔を出さなかった。
 それが突如、「ごめんよ」と帰ってきたわけである。ママも目を丸くしていた。
 東部先生はテーブル席に着いて、遅れて数人の客が入ってくる。“取り巻き”たちだった。先生は寂しがり屋で、毎夜、何人も“取り巻き”を引き連れて、呑み歩く。その様を、ひそかに私は“東部進一座”と呼んでいた。
「おい、そこのお兄さん、こっちへ来て一緒に呑まないかい?」
 先生に喚ばれて、私はテーブル席へと移る。隅っこに腰掛け、水割りをもらった。
 あのねえ、ボク、その時、こう思ったわけさあ……と先生は上機嫌で語っている。名調子だ。あっ、それ語源はねえ、ラテン語で言うと――と博識が出る。
 いい顔になったな、と思った。私より二十歳上だから七十代後半のはずだ。かつてはロマンスグレーに銀ぶちメガネでインテリ然としていたが、今ではメガネをはずし、つるんとはげてヒゲは白く、老賢者の風貌である。
 時折、冗談を言うと、べろっと舌を出し、茶目っけをふりまく。かわいい。どこか少年のようだ。
 ママ、ボク、薄ーいの……と親指と人さし指でつまむように示して、薄い水割りをちびちびと飲む。興が乗って、突如、唄い出した。三橋美智也に美空ひばり、それから民謡だ。
 沖のカモメ~と~、飛行機乗りは~、どこで散るやらね~、はてるや~ら~……。
 『ダンチョネ節』を上機嫌でうなっていた。
「さて、次の店へ行こうか」
 先生が腰を上げる。じっとこちらを見て「さ、あなたも」と言われ、つき従った。
 その夜から私は東部進一座の一員に加えられたのだ。

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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