第一話 新宿の朝(11)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/03/29

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 夜七時頃、携帯が鳴る。
「中野さんでいらっしゃいますか? あのー、東部先生がこれから出てこられないかとおっしゃっておりまして……」
 先生はシャイで直接、自分から電話をかけてこない。小山田さんというテレビ局の社員がいつも連絡をくれた。小山田さんは先生のトーク番組の担当者で、いわば東部進一座の番頭だ。毎夜、先生のお供をしていた。
 新宿五丁目、三光町の交差点地下のワインバーへと駆けつける。先生は既にテーブル席に着いていた。白ワインだろうか? グラスを片手に、なんと目の前に寿司盛りがある。
「あのねえ、実はこの店は寿司が美味いんだ。バーテンさんが寿司の職人でさあ……」
 私もワインと寿司をもらった。
 その後、ぽつぽつと座員たちが集まる。メンバーがそろうと「さあ、行こうか」と先生は立ち上がった。
 黒いハットに白い手袋の小柄な東部先生が、一座を引き連れ、意気揚々と夜の新宿の路地を闊歩する姿は、何かに似ている。ああ、そうだ、ディズニーランドのパレードのミッキーマウスだ! そう言うと、アメリカ嫌いの先生は苦笑した。先生はアメリカ人をアメ公、日本人をジャパ公と呼んだりもした。
 例の文壇バーを起点として、毎夜、先生が呑み歩く範囲は限られている。新宿の二丁目、三丁目、五丁目、もっとも遠くてゴールデン街のあたりだ。さすがに高齢の先生は、夜更けには足取りがおぼつかなくなる。時折、私は肩を貸し、腕を取った。それでもダンディズムなのか、決して杖をつくことはしない。
 白い手袋をつけているのは、重度の神経痛だそうで、指先が痛いという。手袋の両てのひらでグラスをはさんで持ち、薄い水割りをちびちびなめる。その姿は、さすがにお歳だなあ、と思うものの、頭脳のほうは至って明晰だ。弁舌さわやかに淀みなくしゃべる。そのまま書き起こせば立派な原稿になり、毎夜、酒場で一冊の本を口述しているような案配だった。
 二軒目、三軒目となり、午前二時、四時、五時となる。取り巻きたちはウトウトし、テーブルに突っ伏してグースカ眠っている者もいる。しかし、先生は居眠りすら絶対にしない。ひたすら明晰に語り続け、やがて唄い出す。なんと朝まで。それが毎夜なのだ。
 とても七十代後半の老人とは思えない。猛烈な知力と気力と体力だ。バーのママは「東部先生は、ある種のホルモン異常だから」とあきれていた。
 一座のメンバーは、そのつど変わる。映画監督や映画評論家や、けっこう映画人が多い。歌の師匠というおばさんが参加して、先生と一緒に唄ったりもする。先生が世話をした年下の論客たちは、絶交したり、離反したりしていた。なかなかに難しい人なのだ。
 呑み屋の女性に「お嬢さん」とやさしく話しかけていたかと思うと、相手が少しでも気に触る態度を取れば、「うるさい、このバカ!」と突如、ぶちきれる。たまったもんじゃない。何軒かの店で出禁になったとも聞いた。
 娘のサワコさんが同伴されることもある。高齢の父の体を心配してか、サワコさんは早々とタクシーを喚んだ。「お父さん、もう帰りましょう」「ちょっと待て、もう一杯、これ呑むまで」とねばる。「も~、お父さん、外で車が待っているんだから」「うるさい、サワコ! おまえだけ帰れ!!」。結局、朝までになる。
 夜も更け、一人減り、二人減り、一座のメンバーが離脱してゆく。あとはみんなテーブルに突っ伏して眠っていた。気がつくと、目覚めているのは、東部先生と私だけだ。
「中野くん」
 ふいに先生が私の目を見た。なんだか神妙な顔をしている。
「あのね、ボク……死のうと思うんだ」
 えっ?
「自殺する。もうすぐ」
 絶句した。
「本気だよ、拳銃だって手に入れようとしたんだ。ヤクザの知り合いに頼んでね。けどな~、拳銃だと、ほら……」
 人さし指を頭に突きつける。
「吹っ飛ぶ? 脳ミソがさ。あんまりみっともいいもんじゃないよなあ。それに後始末する人も大変でしょう」
 そこまで考えているのか?
「青酸カリにするか、首吊りかなあ」
 どう言ったらいいか、わからない。
 先生は奇妙な微笑を浮かべていた。
 後にそれは先生の十八番(おはこ)、口癖だとわかる。酔いが廻ると、やたら「死ぬ、死ぬ」ともらすのだ。「また、先生の死ぬ死ぬ病が始まった」「死んだって、すぐに生き返りますよ。先生はお元気なんだから」。座員たちも、もう慣れたものである。
「妻を亡くして、この世に未練がなくなったんだ」と先生は言う。それから毎夜、呑み歩くようになったらしい。「体が動かなくなって、病院で管につながれて死ぬのだけはごめんだね」。はっとした。父の最期の姿が、脳裏に甦ってくる。

 

 一座の番頭の小山田さんは、いつもネクタイとスーツ姿だ。酒場では口数少なく片隅で、常に穏やかに微笑んでいた。
「小山田くんはね、こう見えて、なかなかに気性の激しい人なんだ」
 先生は言う。なんでも上司とケンカして、頭突きを食らわせ、ノックアウトした。大問題になった時、会社に乗り込んでいって、上役を説き伏せ、収拾したのが先生だったという。
「頭のいい奴はいっぱいいる。でも、ボクの周りで頭が強いのは、小山田くんだけだ」と笑った。
 小山田さんも恥ずかしそうに微笑んでいる。
 新宿二丁目の地下にあるピアノ・バーだった。映画人らが集うその店で、夜が更けて、先生と小山田さんと私の三人が残る。閉店時間はとっくに過ぎていた。先生と親しいバーテンが気を使って無理に開けてくれている。そのバーテンもカウンターの向こうで立ったまま寝ていた。
 やっと先生の気力と体力も尽きて、店を出る。泥酔してふらつく先生を、小山田さんと私が両脇で支え、地下から階段を登る。
 まぶしい。光が射し込んでくる。先生が目を細めた。
 冷気の漂う路上に三人は立つ。
 無言のまま、じっと夜明けの空を見つめていた。

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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