第一話 新宿の朝(12)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/01

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 最初は週に一度の誘いだった。それが二度になり、三度となる。私は東部先生の誘いは断らず、中座せず、必ず朝までつき合った。大したことは言えない、さえない、無学な私をよく喚んでくれたのは、そうしたつき合いのよさが重宝されたのかもしれない。
 しかし、夜に会って、朝まで、半日近くもご一緒して、やっと解放され、家に帰り、倒れるようにして寝て、目が覚めて、しばらくすると、すぐにまたお誘いの電話がある。シャワーを浴びて、慌てて私は駆けつける。そうして、また朝までご一緒して……。
 エンドレスだ。気がつくと、週の半分近くは先生と一緒にいた。しかも、その間、ずっと酒を呑んでいる。いつも酔っていた。シラフの時のほうが少ない。半年も保(も)たず、体にガタがきた。私も、もう若くはない。風邪をひいて、なかなか治らず、咳が止まらない。免疫力が極端に低下していた。身が震える。ああ、このままじゃ、確実にくたばるな……。
 それでも私は誘いを断らない。断れない。先生には魔力があった。その不思議な力に捕われていた。毎夜、吸い寄せられるようにして新宿へと飛んでゆく。どんなに体調不良で、疲れきっていても……。
「おう、中野くん、よく来てくれたな。さあ、呑もう、呑もう!」
 先生の笑顔を見ると、ぱっと気持ちが晴れた。

 

 懇意にしている小劇団の公演を観にいった。打ち上げに流れる。居酒屋で隣席の女子は豪快に呑み、ひとり、大声で唄っていた。
 晴れた空、そよぐ風、港出船のドラの音、愉し……。
 古い歌を次々と唄う。気持ちよさそうに。二十歳の女優だという。乾杯した。話が弾んだ。
 携帯が鳴った。先生からのお誘いである。
 あっと思った。よし、この娘を連れていこう。タクシーに同乗して、新宿へと駆けつける。
 例の文壇バーのカウンターで先生は待っていた。私が女の子連れで現れたのを見て、おっ、と目を丸くしている。女子を先生の隣席に座らせた。二人は意気投合し、すぐに一緒に唄い出す。
 リンゴ~の~、花びらが~、風に~、散ったよな~……。
 気持ちよさそうだ。周りは手拍子した。次々と古い歌を合唱した。
 二軒目は二丁目のピアノ・バーだ。上機嫌だった先生が、何の拍子か急にムッとする。よくあることだった。それから、いつもの「死ぬ、死ぬ」が始まった。
 何が女優だ! なんでこんな女を連れてくるんだ……突然、女の子をなじり出す。
「えっ、あたしが何か失礼なこと言いましたか?」
 女子も負けてはいない。キッとした目で先生をにらみつけ、言い合いになった。
「さっきからずっと、死ぬ、死ぬって……そんなに死にたかったら、さっさと死ねよ! このジジイ」
「何をーっ、もう、帰れ!」
 割って入って、私は「帰ろう」と女子を外へと連れ出す。
「馬鹿野郎! おまえも、帰れ、帰れ!!」
 罵声を投げつけられた。ずっと私にやさしかった先生の初めての叱責である。
 こうして私は東部進一座を退団した。
 助かった。女子に感謝する。彼女は私を救ってくれた……天使なのだ。私一人では、絶対に先生の魔力から逃れられなかった。あのままだったら、確実にくたばっていたことだろう。そう、平成の次の元号も知らないうちに……。

 

 一年が過ぎた。
 時折、新宿の文壇バーで先生の御一行と遭遇したが、私は目礼するだけだ。一座の輪には入らない。先生は寂しそうな顔をしていた。
 小山田さんから何度も携帯に電話があったが、もう出ない。やがて諦めたように、ぷつりと連絡はなくなった。
 年が明けて、ひときわ寒い夜だった。その夜も私は呑んでいた。新宿のバーで。午前三時を過ぎて、店を出る。なんだか気持ちがすぐれない。不思議な胸騒ぎがした。このまま帰りたくない。
 四谷三丁目の中華居酒屋へ行こう。この時間に開いているのは、あそこぐらいだ。暗い夜道を寒さに震えながら三十分近くも歩いた。
 店に入ると、奥の席が騒がしい。懐かしい声が聞こえる。先生だ。一座で宴会を開いていた。そっと後ろへ廻って、近づき、先生の肩をつかんだ。
 お~、と声を上げ、私の顔を見て、先生は目を丸くする。そうして、すぐに笑った。あの魔力的な笑顔だ。
 隣席に招き入れられ、紹興酒が出た。
「この店は初めて入ったんだ。この時間に開いているところを小山田くんが調べてくれてね」
 先生は言う。
「でも、中野くん、どうしてボクがここにいるとわかったの?」
 私は応じた。
「そりゃ、もちろん東部先生に呼ばれたから。先生の電波をキャッチして、来たんですよ」
 また、うれしそうに先生は笑う。
 そうして朝まで呑んだ。かつてのように。
 店を出て、夜明けの新宿通り。別れ際、先生の肩を軽く抱いた。
 それが最後だった。
 四日後、先生は自死を遂げる。
 多摩川に入水したという。

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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