第一話 新宿の朝(13)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/02

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 東京に大雪が降った。
 北国生まれの先生のせいだな、と思った。
 携帯電話が鳴って、発信元に「小山田」とある。一瞬、ためらい、思いきって出た。
「……もう、ご存じのことと思います。通夜も葬儀もやりません。先生の遺言です。ただ、ごく親しい方々にだけお声かけしています。斎場へ来て、先生のお顔を見ていただきたいんです」
 とっさに言葉が出なかった。
「……中野さん、お願いしますよ!」
 電話の声が、あまりにも決然として切迫性を帯びたものだったので、断れない。
 雪道に足を取られ、幡ヶ谷の斎場へと行った。一年に一度も締めないネクタイを締めて。
 小山田さんが出迎えてくれた。
 満面に笑みを浮かべている。意外だった。きっと憔悴しきって、泣き腫らしているものと思ったのに。あれほど尊敬し、慕って、毎夜、付き添っていた最愛の先生が亡くなったのだから……。
「どうぞ、見てやってください」
 ご遺体のほうへと私を招く。
 棺の中に東部先生はいた。花に囲まれ、目をつむっている。ああ、酒場では絶対に眠らなかった先生の寝顔を、初めて見た。
 なんて美しい男の顔だろう!
 かっこよすぎるよ、最後まで、先生。
 今にも目を開け、起き上がりそうだ。
「……なんだい、中野くん。ネクタイなんか締めて、似合わないぜ。さあ、これから新宿へ行って、一緒に呑もうよ……」
 そんな声が聞こえてきそうだ。目頭が熱くなった。父が死んだ時にも、涙が出なかったのに……。
 親しい人たちが棺を取り囲んでいる。
 着物姿の女性が、そばに立った。歌の師匠だ。「先生のご遺言です」と告げると、朗々と唄い出した。

 

 俺が死ぬと~き~、ハンカチふって、友よ彼女よネ、さようなら~、ダンチョネ……。

 

 胸に沁(し)みた。
 目を閉じて、じっと先生は歌を聞いている。
 偉大な人だった。時代の旗手であり、超インテリだ。東大教授の座を捨て、総理大臣さえ指南した。大知識人だった。
 だけど……。
 だから、毎夜、つき合ったわけじゃない……と気づいた。
 ああ、私はあなたが大好きだった。
 さようなら、先生。

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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