第二話 おたく命名記(1)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/05

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 目が覚めて、カーテンを開けると、快晴だった。まぶしい。大気が澄んでいる。
 カリフォルニアの青い空、か。
 成田を立つ時は曇天の梅雨空だった。ひとっ飛びで、夏へとジャンプしたようだ。気持ちいい。東京ではどれほど晴れていたって、この空の青さはない。
 ロサンゼルスのホテルである。窓の向こうに高層ビルが見え、映画『ダイ・ハード』に出てきたビルですよ、とボーイが教えてくれた。
 ベッドサイドにチップを置き、階下のレストランへ。慣れない英語でジャパニーズ・ブレックファーストなるメニューを注文すると、とんでもない代物が出てきた。海苔(のり)はいびつな形に切られ、納豆はパサパサで、奇っ怪な漬物らしき小鉢が添えられている。カリフォルニア米だけは、かろうじて美味しかった。
「おはようございます」
 編集者が向かいに座った。寝呆けまなこだ。四十代後半の出版部長だが、私より若い。
「あ~あ、それ頼んじゃダメなやつなんですよ~」
 私の目の前の奇っ怪な代物を指さして笑い、彼はプレーンなカリフォルニア・ブレックファーストにした。
「もう、御一行は帰ったの?」
「ええ、今朝早くチェックアウトしました」
 昨夜はホテルのバーで遅くまで呑んだ。
 女性タレントのフォトブックの撮影と取材である。出版不況の今どき、こんな企画でロスで一週間も滞在とは贅沢だ。
「タレントさんが出ているCMのクライアントが、経費を丸抱えしてくれるんですよ。ま、この本もいわば向こうさんのプロモーションです」
 悪びれもせず、香川はそう言った。大手出版社の旧知の編集者である。
「ねえ、一緒に行きましょうよ、中野さん。現場は若い奴らにまかせて、まあ、我々は骨休めで。向こうで、ちょこちょこっとタレントさんにインタビューしていただければ、それでいいんだから」
 私はめったに海外へ行かない。プライベートな海外旅行など皆無だ。言葉も通じないところへ行くなんて、めんどくさい。それでも、この仕事は引き受けることにした。
 香川とは気が合ったし、彼と一緒ならまあいいだろう。人生の残り時間も少ない。一生に一度、カリフォルニアの青い空とやらを拝んでみるのも悪くないんじゃないか。
 撮影と取材は順調に進んだ。同行の若い編集者が現場を仕切って、香川はそれを見守っているだけだ。私のインタビューもあっさり終わった。スタッフの打ち上げがあって、翌朝、彼らはもう帰途に着いている。
 香川と私だけがホテルに残った。予備日として取ってあったもう一泊をすごそうと言う。私に異論はない。
「今日はのんびりロサンゼルス観光でもして、LAを見て廻りましょうや。運転手を雇ってあります」
 在留邦人の青年がホテルのフロントに現れた。きちんとネクタイを締め、白いワイシャツ姿だ。左ハンドルのレクサスで市内を案内してくれた。ビバリーヒルズをめぐり、丘陵に“HOLLYWOOD”の文字看板を臨む。チャイニーズ・シアターで映画スターの足型を見て廻った。
「へえ、ジョン・ウェインの足って、こんなちっちゃいんだ!」
 香川は自分の足と並べて較べ、おどけた声を出す。
 サンタモニカのビーチを歩いた。日射しがまぶしい。半裸の人群れに圧倒され、堂々たるその肉体に目を見張った。明らかに人種が違う。自分は、どうしようもなく貧弱なアジア人なんだな、と思い知らされた。
 来て、来て、来て、来て~、サンタモニカ~……
 青い空と広い海のはざまから、桜田淳子の歌声が聞こえてくるようだ。
 ロデオドライブのショップに寄り、香川は奥さんと子供におみやげを買う。ショッピングに興味がなく、一人者の私には退屈なだけだ。
 日が暮れ、ダウンタウンのチャイニーズ・レストランで飲茶(ヤムチャ)を摂った。
「もう一軒、行きましょう」
 コーディネイターの青年が先導してくれる。赤いネオン管の灯るバーだった。店内は適度に暗い。サックスの調べが鳴り、スタンディングの客たちが揺れている。テーブル席に着いた。
 黒人の店員が注文を取りにきて、ハイボールをもらう。目が慣れると、壁に貼られているポスターが見えた。B級アクション映画やSF映画、なぜか日本のアニメや怪獣映画のポスターもある。“GODZILLA!”の大見出しが火を吹いていた。
「ハーイ、マサ!」と声がかかる。
 スタンディングの一群からだった。
「ハーイ」と応え、コーディネイターの青年が立ち上がり、そちらへと行く。
 見るからに凶悪な感じの男がそこにいた。プロレスラーのような巨体で、頭にバンダナを巻き、サングラスにヒゲ、汚れた黒革のベストから突き出た丸太ん棒みたいな腕には、もじゃもじゃと毛が生え、ドクロのタトゥーが笑っている。
 凶悪男は青年と何か早口でしゃべっていた。私の英語力では聞き取れない。
「ワーオッ!」と野太い声で吠えると、凶悪男はサングラスをはずし、ギロリとこちらをにらんだ。目が血走っている。
 血相を変えて、向かってきた。青年は何か叫んで、止めようとする。だが、ダメだ。震え上がった。見ると、香川も真っ青だ。
 殺される!
 私は立ち上がって、逃げようとした。
 巨体の男は突進してきて、体当たりを食らわせ、丸太ん棒みたいな両腕でガッチリと私を捕える。もう、ダメだ。逃げられない。
 男は獣のようなうなり声をもらし、突如、叫んだ。
「OTAKU!」
 えっ? それから強く私を抱き締めて、笑う。男の仲間たちが次々と群がってきて、「OTAKU!」「OTAKU!」「OTAKU!」と叫びながら、かわるがわる私を抱いてゆく。
 青年の声が聞こえた。
「す、すんません……中野さん、この人は日本から来た〈おたく〉の名づけ親だって紹介したら、大興奮しちゃって。この店は、その趣味の連中のたまり場で、彼らは……ロサンゼルスのOTAKUたちなんです!」
 ああ、そうだったのか……。
 男たちに次々とハグされ、もみくちゃになりながら、私はその叫びを聞いていた。
 OTAKU! OTAKU! OTAKU! OTAKU! OTAKU! OTAKU! OTAKU!

 

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

RANKINGランキング