第二話 おたく命名記(3)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/09

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 ミニコミ雑誌やキャンパス雑誌ってのが、当時はたくさんあって、私のような若いライターが出版まわりでわさわさしていた。
「太腿(ふともも)」という中央大学の学生が作るミニコミ誌では、女子大生のヌードを載せて〈中大のヒュー・ヘフナー、現る!〉と週刊誌が大騒ぎ、編集長の杉森くんは大学をクビになる。それでもめげずに『11PM』に出て、“潮吹き”の窪園千枝子と並んでイレブン大賞を受賞し、澄ました顔してテレビで笑っていた。
『アノアノ』という女子大生ライターたちの体験告白的な本がベストセラーになったり、一橋大学の田中康夫という学生が小説『なんとなく、クリスタル』で賞を取り、一躍脚光を浴びたりもした。
 へえ、世の中には若くてすごい奴らがいっぱいいるもんだ。とても敵わない。
 私はといえば、データ取材にテープ起こし、たまに安い原稿を書く、出版社の底辺バイト――まあ、使いっぱしりだ。
 バイト部屋で使いっぱ同士、同年輩で仲良くなるもんで、彼らが集ってるミニコミ雑誌の編集部へ遊びに行くようにもなった。編集部、とはいえ高田馬場のアパートで、大学の広告研究会みたいな連中が、やれパブリシティーがどうした、コンセプトがこうしたと、ギョーカイごっこに戯れ興じていた。
 一人だけ毛色の変わった人がいる。革ジャンをはおっていた。薄いサングラスで、あごにヒゲを生やし、柔和な笑みを浮かべ……なんだか妙に大人っぽい。
 進藤さんという。私が持っていった原稿をパラパラと見て、へえ、ともらすと「君、時間あるだろ?」と立ち上がった。あ、はい、と慌ててつき従う。
 ほい、これ、とヘルメットを手渡され、かぶると、編集部の前に停めてあった緑色のバイク――通称カマキリに乗って突っ走る。さっき会ったばかりの人の腰に両腕を廻し、二人乗りだ。
 はじめて東京の街をバイクで走った。新鮮だった。びゅんびゅんと風を切って、都会の風景が背後へ飛び去ってゆく。何が何やらわからない。
 到着したのは、九段下のインド料理屋だった。「マトンカレー、二つ」と私に口をはさませず、進藤さんは注文する。出てきたカレーを一口食して、目から火花が出た。なんじゃ、こりゃーっ!? と『太陽にほえろ!』で殉職する時のジーパン刑事(でか)、松田優作のような声がもれる。
 それほどに、そのスパイシーな味はカルチャーショックだった。超激辛で大汗をかく。
「アジャは、やっぱこれですよ」
 進藤さんは笑っている。
 アジャンタという店だった。そこでマトンカレーを食べることを「アジャする」と隠語で言う。その後、いったい私たちは、どれほど「アジャする」ことになっただろう。
「さあ、行こうか」
 進藤さんは立ち上がった。
 愛車カマキリに再びまたがって、都心の道路を疾走する。気持ちよかった。ああ、だけど、俺……いったいどこへ行こうとしてるんだ?
 下北沢だった。
 進藤さんはブーツを脱いで、ヘルメットを片手に、一軒屋に上がり込む。
「梶川くーん」
 出てきたのは、なかなかの美青年だ。ミニコミ雑誌の編集長だという。
「よい子のアイドル歌謡曲」というその雑誌を、パラッと見て、仰天した。小さな文字がびっしり埋まり、それがすべて手書きなのだ! ものすごく整った字で、一見、写植かタイプ印刷かと勘違いしてしまう。
 中身はといえば、アイドル歌謡曲についての評論集だった。
 梶川くんは“人間写植機”とも呼ばれているらしい。こんな美青年が、下北の一軒屋で日夜、小さな文字をびっしりと書き写している!
「あっ、今、ラーメン食べてたんっすよ」
 気さくに笑う。サッポロ一番みそラーメンに玉子を落として、美青年はうまそうに食べていた。
 我々は六畳間に座り込む。
 石野真子の大きなポスターが壁に貼られていた。石野真子に会うために梶川青年は鳥取から上京したという。
 プレイヤーにシングルレコードを次々と載せて、アイドルの曲を聴かせてくれた。高見知佳『ジャングル・ラブ』、真鍋ちえみ『ねらわれた少女』、中山圭子『パパが私を愛してる』、日高のり子『初恋サンシャイン』、矢野良子『ちょっと好奇心』、沢村美奈子『インスピレーション』、水野ますみ『いとしのスキャンドール』……。
 進藤さんは柿ピーをつまみながら講評する。速射砲のようにしゃべりまくる。アイドルの名前に混じり、澁澤龍彦や稲垣足穂、マンディアルグ、コンピューターのプログラム言語の仕組みまで……超博識だ。梶川美青年はラーメンを食べながらニコニコしている。私はボーッと聞いているだけだ。一晩中、そうしてすごした。
 外へ出ると、空が白んでいる。
「ヨシギュウ、行きますか?」
 進藤さんについて吉野家へと入る。「大盛り、二つ」と注文して、出てきた私のドンブリにも有無を言わさず紅ショウガと七味唐辛子が大量にまぶされ、もう真っ赤だ!? げっ、これ食うの? 進藤さんは無言でガツガツと食らっている。
「もう、電車は走ってるよね」と下北沢の駅前で別れた。
「ボク、これから会社だから」
 えっ!
 高田馬場のミニコミ編集部で出会ってから、半日が過ぎている。九段下のインド料理屋で超激辛マトンカレーを食べ、バイクで都心を疾走し、下北沢でアイドル歌謡曲を一晩中聴いてしゃべりまくり、夜明けに真っ赤な牛丼大盛りをガツガツと食らい、一睡もしないでこれから会社へ行くという。
 カマキリ・バイクは爆音を残して、走り去った。
 あの人は……異常だ!?

 

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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