第二話 おたく命名記(5)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/11

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 一九八三年、春のことだ。
 進藤さんがまた仕事を取ってきた。
「漫画ブリトー」というロリコン漫画雑誌の仕事だ。
 ロリコン?
 そう、ロリータ・コンプレックスの略で、年端もいかない少女に性的興味や恋愛感情を抱くことである。手渡された雑誌をパラッと見て、仰天した。少女、というより、もはや幼女(!)が性的にいたぶられる漫画が載っかっている。うへっ、こんな世界があるんだな、と苦笑した。
「漫画ブリトー」に我々のミニコミ誌の出張版ページが連載されるという。
「中野氏も、なんか書いてよ」と言われた。
 あまり気が進まなかったが、仕事は仕事だ。さて、何を書こう?
 ああ、そうだ……。
 前年夏のこと、私は初めてコミックマーケットへと行った。漫画同人誌の即売会で、コミケット、やがてコミケと略される。私たちのミニコミ雑誌も販売されるというので、進藤さんに誘われ、足を運んだ。
 ショックを受けた。
 晴海の東京国際見本市の大会場に、数万人もの漫画ファンらが群れ集っている。その異様な感じ。
『うる星やつら』のラムちゃんのコスプレ、胸もあらわな虎シマのビキニで飛びはねる女子たち。暗い瞳をした、いかにもマニア臭ただよう男たち。カン高い奇声を上げて、異様なテンションで盛り上がる野郎どもの一団もいた。「おたくさ~、これ持ってる?」と若いにもかかわらずヤケに他人行儀な二人称で呼びかけあって、自らのコレクション自慢をしている連中もいる。
 ピンと来た私は、彼らを「おたく」と名づけた。単なるマニアではない。新しい名前で呼ばれるべき種族を自分は発見したのだ、と。
 よし、あのことを書いてやれ。
「〈おたく〉の研究」というコラムは、「漫画ブリトー」八三年六月号に掲載された。

 

 ……ほら、どこのクラスにもいるでしょ、運動がまったくダメで、休み時間なんかも教室の中に閉じこもって、日陰でウジウジと将棋なんかに打ち興じてたりする奴らが。モロあれなんだよね。髪型は七三の長髪でボサボサか、キョーフの刈り上げ坊っちゃん刈り……ショルダーバッグをパンパンにふくらませてヨタヨタやってくるんだよ、これが。それで栄養のいき届いてないようなガリガリか、銀ぶちメガネのつるを額に食い込ませて笑う白ブタかてな感じで……そんな奴らが、どこからわいてきたんだろうって首をひねるぐらいにゾロゾロゾロゾロ一万人!
 ここぞとばかりに大ハシャギ。もー頭が破裂しそうだったよ。
 考えてみれば、マンガファンとかコミケに限らずいるよね。アニメ映画の公開前日に並んで待つ奴、ブルートレインをご自慢のカメラに収めようと線路で轢き殺されそうになる奴、本棚にビシーッとSFマガジンのバックナンバーと早川の金背銀背のSFシリーズが並んでる奴とか、マイコンショップでたむろってる牛乳ビン底メガネの理系少年、アイドルタレントのサイン会に朝早くから行って場所を確保してる奴、有名進学塾に通ってて勉強取っちゃったら単にイワシ目の愚者になっちゃうオドオドした態度のボクちゃん、オーディオにかけちゃちょっとうるさいお兄さんとかね。
(略)
 それで我々は彼らを「おたく」と命名し、以後そう呼び伝えることにしたのだ。
 ところでおたく、「おたく」?

 

 いや~、今、読み返すと苦笑ものの文章だ。
 とはいえ、どこに売っているのかもわからないようなマイナーなロリコン漫画雑誌、その隅っこのページの埋め草コラムである。ま、こんなもんでいいだろう、と思っていた。
 ところが……。
 進藤さんの顔が曇っている。
「キミのあの〈おたく〉のコラムさあ、ちょっと問題になってるんだ」
 えっ?
「漫画ブリトー」は我々と同世代の二人の青年が編集していて、その一方の小塚という編集者が大激怒しているという。
 これは差別だ! 不快な文章だ!
“コツカ某”名義で、雑誌の巻末で名指し批判された。何度か書き直しを命じられ、応じたが、結局、「〈おたく〉の研究」の連載はたった三回で打ち切られる。
 参ったな。思えば、当のロリコン漫画雑誌の読者こそが「おたく」そのもので、いわば読者罵倒とも読める。だけど、いや、だからこそ意味があるんじゃないか? これをオシャレ系雑誌でやったら、まったくシャレにならない。
 安い原稿料を失ったのは、痛くない。だが、駆け出しのフリーライターにとって数少ない署名原稿の発表の場を奪われた。しかも、会ったこともない小塚とかいう編集者に、電話一本すらなく、一方的に連載を打ち切られたのだ。ひどいものである。
 その後も「漫画ブリトー」誌の巻末では、“コツカ某”名義で、中野秋夫の「〈おたく〉の研究」批判が延々と丸々一ページもびっしり載っていたりした。呆れた。
〈ぼくにとっては〈おたく〉批難も『ブリトー』を没収する教師も、中曽根内閣の〈少年の性雑誌規制〉とやらも同じものと映ったわけです……〉
 いやはや。
 それにしても相当しつこくて、変な奴だな、この小塚って人は。
 連載が一本、なくなった。二十三歳、フリーライター。とは言っても、とても文章だけでは食えない。貧乏なバイト暮らしだ。
 ああ、自分はこれからどうなるんだろう? ちゃんと生きていけるんだろうか……。

 

(つづく)

(Photographed by Kobak)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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