第二話 おたく命名記(9)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/17

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

「中野さん、お久しぶり」
 香川からの電話だった。
「実は、お願いしたいことがあるんだけど」
 神妙に言う。
「うちで平成回顧ムックを作っていてね、インタビューさせてもらえないかなって」
 この手の依頼が続いている。
「で、テーマなんだけど」
 一瞬、言い淀んだ。
「……〈おたく〉なんですよ」
 気が重くなった。
「ほら、平成元年に例の宮崎事件が起こったでしょ? あれで〈おたく〉が注目された。その後の平成〈おたく〉三十年史みたいなものをね」
 うーん。
「何年か前、中野さんとロサンゼルスへ行ったじゃない? ほら、あのバーで<OTAKU! OTAKU!>って大騒ぎでさ、OTAKUの名づけ親としての中野秋夫の世界的知名度を思い知らされたんですよ」
 ああ、そんなこともあったっけ。
「お願いしますよ、中野さん」
 私がしぶっていると、声の調子が変わった。
「実はボク……退職するんです」
 えっ、定年までにはまだ間があったはずだが……。
「ええ、早期退職勧行ってやつでね、早めに辞めると退職金が上乗せされるんですよ。お恥ずかしい。うちみたいな会社でも、このザマです。社畜の老害は早く消えてくれってね。女房に相談したら、あら、いいじゃない。早く辞めなさいよってことで。その金でミヤコ落ちして、あいつの故郷(クニ)の九州でのんびり暮らそうって……」
 何も言えなくなる。
「で、これが編集者としての最後の仕事なんですよ。お願いします」
 いよいよ断れなくなった。

 

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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