第二話 おたく命名記(10)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/18

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 よく晴れた午後だった。
 秋葉原駅の電気街口で待ち合わせる。
 久しぶりに再会した香川は、めっきり髪が白くなっていた。人のことは言えない。駅コンコースの壁の鏡には、白髪頭の初老の男二人が笑う姿が映っている。
 小型のビデオカメラを持った青年がつき添っていた。
「デジタル編集部のスタッフです。彼がビデオに撮って、うちのウェブにもアップさせてもらいますよ。秋葉原を歩きながら、ボクが中野さんをインタビューするという趣向で」
 どうやら、そういうことらしい。
「うわっ、ラジオセンターがまだあるんだ! 懐かしいなあ」
 駅を出て、香川が声を上げた。
 小さな電子部品をぎっしり並べた店が軒をつらねている。
「子供の頃、自分でラジオを組み立ててね、よくここに部品を買いに来ました」
 へえ、知られざる一面だ。
 昭和通りへと出た。
「この辺も変わりましたねえ」
 香川が目を細める。
 電気店のビルが林立しているが、壁面の巨大モニターや看板には異様に瞳の大きなアニメ画の少女たちが飛びはね、いわゆる“萌え”絵で埋めつくされていた。
「いらっしゃいませ~、御主人様!」
 寒空にミニスカートのコスプレ・メイド嬢らが立ち、チラシを配っている。外国人観光客がスマホで写真を撮ろうとすると、アニメキャラ風のポーズを取った。
 ――おたくは、オタク、オタッキー、ヲタなどと変遷して、今ではOTAKUという世界語になりました。いつからでしょう?
「一九九三年だったかな? フランスの国営放送が『OTAKU』と題するTVドキュメンタリーを作ってね、著名なフランス人監督に僕も取材されました。その後、ドイツ、ポーランド、アメリカ、韓国、こないだもイギリスのBBCが取材に来たよ。毎年、もう何語かわからない文字で取材依頼の手紙がいっぱい届くんだけど、“OTAKU”だけはわかってね」
 ――へえ、すごいですね。
「スティーヴン・スピルバーグがさ、テレビで言ってたんだ。『私は子供の頃、内向的で友達がいなかった。ほら、そんな子供をどう言うんでしたっけ? ああ、そう……OTAKU!』って。おいおい、スティーヴン、それ、僕が考えた言葉だぜ! って、思わず、つっこんだよ」
 香川もデジタル編集部の青年も笑っている。
 何度も取材で話した持ちネタだった。
 ドン・キホーテ秋葉原店が見えてくる。AKB48劇場の看板をバックに制服姿の少女たちが記念写真を撮っていた。
「あの劇場がオープンしたのが〇五年で、その前年に『電車男』がベストセラーになった。かつての電気街も、漫画・アニメ・ゲーム・アイドル……と、今や〈おたく〉に完全に占拠されたようだね」
 若き日にコミックマーケットへ行ったことを思い出す。あの時の驚きが〈おたく〉命名のきっかけになった。コミケットは年に数日のみのお祭りにすぎない。だが、ここでは今やもう一年中コミケ、毎日がお祭りのようである。
 秋葉原は〈おたく〉の夢の街だ。
 終わらない夢、か。今にして思う。それが八〇年代精神だったんじゃないか? 宮崎勤は、一連の犯行を「覚めない夢の中でやった」と証言している。
 二〇〇八年六月には秋葉原で通り魔事件が起こった。横断歩道にトラックで突っ込み、歩行者をはね、通行人を次々とナイフで刺した。七人死亡、十人負傷。二十五歳の犯人は、かつての連続幼女誘拐殺害犯とも比較された。
 宮崎勤はもういない。
 秋葉原通り魔事件の九日後、死刑が執行されたのだ。
 享年四十五。
 夢は覚めたのだろうか?

 

「中野さん、あれ」
 香川が指さす先を見た。
 ビルの壁面の巨大モニターに、ニュース映像が流れている。初老の男性の顔が映っていた。
「次の天皇陛下ですね」
 しんみりと言う。
 そうだった。皇太子は私と同い年だ。
 田舎の酒屋のこせがれも、幼い頃は洋品店でおふくろが買ってきた“宮様ルック”とやら、蝶ネクタイに半ズボンのコドモ紳士服を着せられたもんだ。浩宮様も読んでいるという『怪獣図鑑』を親にねだった。小学校五年生の時、大阪万国博の会場で「シェー」をする宮様の写真を「少年サンデー」で見た。
 彼も私も、もうすぐ還暦だ。
「ああ、おたく世代、新人類世代の天皇が、まもなく生まれるわけですね」
 香川は言う。
 透けるような青い空を背景に、巨大モニターの中で微笑む男性の顔を、じっと私は見上げていた。

 

(第二話・了)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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