第三話 美少女(1)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/19

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 人生の最高の時、至福の瞬間とは、何だろう?
 六十年近く生きてきたけど、思い浮かばない。何かでトップに立った経験がないのだ。勉強にしろ、スポーツにしろ。パッとしなかった。
 絶景なんてものも見たことがない。旅行はめんどくさいし、海外へ行ったのもほんのわずかだ。グルメではないし、コレクターでもない。何かを手に入れたいという欲望が、まったくないのである。
 お金もないし、家も車も高級なアクセサリーや調度品も持っていない。仕事柄、本はたくさんあるけど、読んだら捨ててしまう。執着がないんだ。文章を書く仕事をずっと続けてきたが、ベストセラーもないし、そういや賞なんてもらったこともないなあ。
「やったー! ヒャッハァ~!!」
 なあんて叫んで、躍り上がった記憶がない。
 宝くじに当たったことがない。ていうか、あ、宝くじを買ったことすらなかった……当たるわきゃないか(笑)。
 これが普通の人なら、結婚したとか、子供ができたとか、いうのを特別な瞬間に挙げるのだろうか?
 だが、私は結婚したことがないし、子供もいない。ずっと一人暮らしだ。
 なんてつまらない人生なんだろう!
 愕然とする。
 今さらながら、自分の人生の稀薄さ、生活経験の貧弱さに呆然としてしまう。
 もし、生まれる時代が違っていたら?
 戦時下に生きて、兵士となり、地獄の戦場を生き延びたとか、団塊の世代に生まれ、全共闘運動に参加し、機動隊に頭を割られ血を流したとか……そんな武勇伝の一つも語れたかもしれないが。
 いや~、御免こうむりたい。武勇伝を語るために生まれてきたわけじゃあるまいし。
 何かないかなあ、こう、パッとしたことが、一つぐらいは。
 コーヒーを飲みながら、ぼんやりと考えていた。そしたら、いくつかの記憶の断片や、懐かしい風景が浮かび上がってくる。
 ああ、そうか、あれは……。

 

 二十五歳の時だった。ひょんなことから私は“新人類の旗手”と呼ばれ、いささかの脚光を浴びた。テレビに出まくった。寝ないで仕事しまくって、倒れた。
 神田の安ホテルへと逃亡し、ぼーっと半年間を過ごす。貯金がつきて、中野のはずれのボロアパートに引っ越した。風呂もないし、壁も薄い。六畳間だ。
 それでも私を見捨てず、仕事をくれる編集者がいた。月にいくつかの原稿を書き、わずかなギャラをもらう。かつかつで食っていた。
 中野駅から歩いて五分、線路沿いの近くに古い木造建ての図書館があった。朝早くに行って、席を確保し、借り出した本を読んだり、原稿を書いたりする。
 帰りがけ、近場の公園に寄り、ベンチに腰掛けて、缶コーヒーを飲んだ。いつも誰もいない。がらんとしている。風が木の葉を揺らす。ひそかに私は“風の公園”と名づけた。
 夕刻、一人、風の公園で音楽を聴いた。まだテープ式の頃のウォークマンで、初期のビートルズを。演奏は軽快で、ジョンもポールも声が若い。アイ・ワント・トゥ・ホールド・ユア・ハンド……って、「抱きしめたい」じゃなくって、「手をつなぎたい」じゃんか、ウブやなあ、英国のカブトムシ青年たちも。
 アーリー・ビートルズの歌声には“未来”の響きがあった。けれど、二十六歳の私には“未来”が見えない。まったく。夕暮れの公園で一人、ため息をついた。
 ああ、いったい俺、これからどうすればいいんだろう……。

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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