第三話 美少女(3)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/23

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 子供たちの歓声が聞こえる。車輪の音がとどろき渡る。
 ローラースケートに興じていた。
 青山の芸能プロダクションのビルの屋上だ。
 本のための第一回の取材である。
 セレモニーの日、野口久美子はほとんどしゃべらなかった。口を堅く結んでいた。その様は、さながら少女人形のよう。これでは発言集なんてとてもできない。
 一計を案じることにした。まず、最初は一緒に遊びましょう。遊びにかこつけ、気を許した少女の口から言葉を盗み出す――狡猾な大人の智恵だった。
 野口久美子と彼女のクラスメートの子供チームと、私と国江さんとマネージャーらの大人チームが、寒空の下でローラースケートを履いて疾走する。
 子供チームが圧倒的に優勢だ。大人たちは慣れない運動であたふたしている。
 セレモニーの日のお嬢様姿から一転、ノクミはカジュアルなセーターにジージャン、パンツルックで躍動していた。上着の衿にはタンタンのバッジが光っている。
 頬を赤く上気させた乙女らが、キャッキャとはしゃぎながら大人たちに突進してくる。そのつど私たちは尻もちをついて、少女たちの大笑いを誘った。
 よし、今度は大人チームの逆襲だ。反撃しようとすると、彼女らはあっという間に走り去る。その逃げ足の速いこと! 中でも、野口久美子の俊敏さは目を見張る。野山を駈け廻る野生の動物のよう。
 うぉ――っ!! と雄叫びを上げ、黒縁メガネの中年男が必死で追いかける。国江さんは異様なテンションだった。美少女と仲良くなって、うれしくてたまらないのだ。
 ノクミは逃げる。追う中年男。両手を前に突き出し、叫び、女の子に襲いかかるゾンビのよう。
 捕まる! と思ったその寸前に、少女はサッと身をかわし、中年男は屋上の壁に激突した。メガネがはじけ飛んで、仰向けに倒れ、額から血を流しながら……国江さんは幸せそうに笑っていた。

 

 野口久美子は中学一年生だ。学業優先で、放課後と週末に仕事をする。四月からはNHKの大河ドラマに出演が決まっていて、ブレイク寸前だった。
 忙しい彼女の取材時間は限られている。テレビ局や撮影スタジオに喚ばれ、仕事の合間のあき時間に話を訊いた。というか、もはや私たちは友達だ。タメ口で、ノクミは気を許して何でもしゃべる。常にテープを廻して、その言葉を採集し、国江さんはうれしそうにうなずいていた。

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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